第1篇:Broken Windshields(砕けたフロントガラス)

『Beast Wars: Uprising』第1篇
原題:Broken Windshields

原作:Jim Sorenson
日本語翻訳:春光カコ
日本語翻訳・Web掲載許可取得済み

あらすじ

サイバトロン星の資源枯渇が進み、遂に大型TFの自走ができなくなった時代。
旧式の大型トランスフォーマー(ビルダー)の娯楽によりマクシマルとプレダコンは《ゲーム》での殺し合いを強いられていた。
社会の均衡を陰から保つ《秩序の守護者》ライオコンボイは、ある日、空から墜ちてきた謎のマクシマルと出会う――その邂逅はやがてサイバトロン全土を揺るがす《大蜂起》の始まりへとつながっていく。

本文

Transformers Timelines Presents:
『トランスフォーマー・タイムラインズ』がお届けする:

Broken Windshields
『砕けたフロントガラス』

A Tale from Beast Wars: Uprising
『ビーストウォーズ:アップライジング』より一篇

■p1~2

最後に残った二人の戦闘員が、互いを警戒しながら円を描くように動き回る中、ライオコンボイのサーボは無意識のうちにソリプシスティック・スタッフを強く握り締めていた。

錆びついた瓦礫の山――おそらくは古代の建造物の残骸だろう――が、彼の姿を戦闘員たちから隠していた。スタッフのおかげで、かつて壮麗な都市メビオンだったドーム状の廃墟の至る所に設置されている無数のホログラフィック・イメージャーには、彼の姿は映らない。だが、マクシマルやプレダコン自身の光学センサーまで欺く効果はなかった。

それでも、ライオコンボイは動じなかった。クイックストライクとスティンクボムには、それよりも差し迫った問題があったからだ。

「俺に勝てるなんて思ってねえよな、マキシー?」

プレダコンが軽口を叩いた。その尾は危険なほど左右に揺らめき、ほとんど催眠術めいた動きを見せていた。
人型形態で尻尾があるというのも妙なものだ、とライオコンボイは思った。
彼の仕事はほぼ完了していた。この競技の間、ライオコンボイによるさりげない介入もあって、戦闘員の数は最後までマクシマルとプレダコンの両陣営で拮抗したまま保たれていた。

かつて、自分がマクシマルとしての出自を裏切っていることに罪悪感を覚えたことがあったとしても、それはとうの昔に、ある陰鬱だが確かな認識の中へと呑み込まれていた。
自分の使命は、自らが調整している者たちのくだらない部族意識などよりも、はるかに崇高なものなのだ――と。

スティンクボムの返答は言葉ではなかった。
代わりに、わずか数秒前まで彼の左手があった場所に取り付けられたノズルから、有害な化学物質が猛烈な勢いで噴き出した。
ところがクイックストライクは予想に反し、その薬液の奔流の下をくぐるように前方へ飛び込み、一気に二人の距離を詰めた。

――賢い動きだ。
ライオコンボイはそう思った。

この時点では、もはや自分が介入する必要はほとんどなかった。どちらが勝ったとしても、この勝負が接戦だったことに変わりはない。
サイバトロニアン社会の安定にとって極めて重要な、マクシマルとプレダコンの勢力均衡は保たれたのだ。
だが、覗き見趣味とも言うべき本能に抗えず、ライオコンボイは危険を承知で、戦いの場へ数歩近づいた。

もちろん、その日の夜になればホロスキャンを通じて、この戦闘を様々な角度から見ることはできる。だが、実際に目の前で見るのとはわけが違う。
おそらく、だからこそビルダーズの中でも上流階級の者たちは、莫大な量のエネルゴン備蓄を差し出してまで、メビウス・アリーナを囲むドームの上に座り、レンズ式の映像増幅装置を覗き込む権利を買うのだろう。
間もなく消滅することになる戦闘員たちに反射した、まさにその光子を自分のセンサーで捉えている――その臨場感に勝るものはない。

マクシマルとプレダコンは、互いの手足を絡み合わせるような乱戦になっていた。いよいよ決着の時が来たのだ。

どちらも、それぞれのチームで一番大きいわけでも、最も強いわけでもない。最速でもなければ、最も賢いわけでもなかった。
しかし、この戦いがどんな結末を迎えようとも、オッズメーカーや賭場には、賭けられた金の大部分がそのまま残ることになるだろう。
ライオコンボイは、たとえビルダーズのこうした悪習に興じることを許されていたとしても、そんなものにはまるで興味がなかった。

そしてついに、果てしなく続くかに思えた激闘にも終わりが訪れた。

もう、力を振り絞るうめき声もない。
軽口を叩く声もない。
勇敢さも、臆病さも、虚勢を張る姿もない。

スティンクボムは少し後方へ飛び退き、化学兵器の二連銃身を相手の顔へ向けた。
だが彼は、ノズルへと続く配管に亀裂が入っていることに気づかなかった。
おそらく、三日間に及ぶ戦闘で負った大小無数の損傷によって、彼の診断システムは完全に処理能力を奪われていたのだろう。

それが致命的なミスとなった。

スティンクボムの相手は一瞬だけ動きを止めた。

――自分の最期が来た。
そう思ったのだ。

しかし、ほぼ同時にクイックストライクは気づいた。

相手は武器を失っている。

彼は勢いよく立ち上がり、口吻を笑みらしき形に歪めると、尾を狙いを定めるように構え――発射した。
スティンクボムの身体が後方へ崩れ落ちる。
激しく震えるその身体から、深紅の煙がじわじわと漏れ出していた。

第1923《ゲーム》の唯一の生存者となった緑と黄色のプレダコンは、しばらくの間、ただそこに立ち尽くしていた。

ライオコンボイは、彼のプロセッサの中をどんな思いが去来しているのだろうと考えた。
安堵――それは間違いない。
そして、誇りもあるだろう。
彼はたった今、プレダコン社会のエリートの仲間入りを果たしたのだ。
やがて彼は、敗れた相手を脚部フレームで踏みつけると、両腕を高々と空へ突き上げた。

「イー・ホー! これで俺様が勝者ってこったな。プレダコンよ、永遠なれ!」

ライオコンボイには、惑星中のプレダコンたち――そして、かつて自らをデストロンと名乗っていたビルダーズたちから上がる歓声が、今にも聞こえてくるような気がした。

そして彼のスパークの奥深くに、静かな水面のような達成感が広がっていく。
またしても、サイバトロンに生命が存在することを成り立たせている、その脆く危うい均衡は守られたのだ。


■p2~5

視界の果てまで広がる景色を支配していたのは、剣闘士管理局(Gladitorial Administration Bureau)のオフィスが置かれた、そびえ立つ尖塔だった。

醜悪な複合施設だ。その造りは、無秩序とまでは言わないまでも、それに限りなく近い。ギザギザとした尖塔や不格好な空隙が寄り集まって巨大な構造体を形作り、そこには突き出したアンテナや、貪欲に口を開けたようなパラボラ・アンテナがびっしりと取り付けられていた。それらは、かつて強大だった惑星サイバトロンのあらゆる土地へ向けて、信号を送受信している。
その醜悪な姿を目にして、ライオコンボイはいつものように身震いを押し殺した。

正面玄関の上には、サイバトロニクス語の酸エッチング文字で、
「サイクロナス記念塔(The Cyclonus Memorial Tower)」と刻まれている。
だが、誰もが昔から、この場所を単に「コーテックス(Cortex)」と呼んでいた。

正面入口では、二人のビルダーズが警備に立っていた。二人とも、顔には露骨な不機嫌さを浮かべている。

彼らの種族の基準からすれば小柄な部類に入るとはいえ、この「マイクロマスター」たちは、それでもライオコンボイより頭一つ、いや肩一つ分ほど背が高かった。
ライオコンボイは皮肉めいた笑みを浮かべた。
――マクシマルの基準では、彼は長身とされる部類なのだ。

「何かおかしいことでもあんのか?」

そう言ったのは、かつてのオートボットの紋章をかすかに残した、灰色の巨漢のビルダーだった。彼は威圧するように一歩、前へ出る。
ライオコンボイは自尊心を飲み込み、恭順を装って頭を下げた。
「いえ。私はただ、直近のゲームにおける、偶然というものの気まぐれについて考えていただけですよ、尊敬すべきビルダーズ殿」

何十年もの間、こうした場面を繰り返し演じてきただけあって、へつらうような口調はほとんど自然に出てくる。――ほとんど、だが。

「引っ込んでろ、バラージ。こいつは知ってるマキシーだ。大人しい奴さ」
ライオコンボイは、実際にこのビルダーを知っていた。
ハーフトラックと名乗る、紫色の手足をした荒々しい巨漢だ。元デストロンである彼の背中からは、平均的なマクシマルの脚ほどもある巨大な赤い砲身が二門突き出している。

彼はいつも妙に勢い込んで言葉をまくし立てるため、何を言っているのか聞き取りづらい。
このビルダーは何かと突っかかりたがる性分のボットだった。長年の付き合いから、ライオコンボイが挑発に乗らないことを知っているため、今度は相棒と称するバラージに喧嘩を売ろうとしているのだろう。
ハーフトラックはバラージの肩を強く掴み、仲間を制した。
だがバラージはすぐさまその手を振り払い、険しい様子で仲間のビルダーへと攻撃的に向き直った。
「昨夜、お前のチームが勝ったからって調子に乗るなよ。スーパーソニック本人だって試合後の分析で言ってただろ。あの戦いは、どっちに転んでもおかしくなかったってな」

黒と紫のビルダーは、ほぼ一歩ぶん後ろへ下がると、にやりと笑った。
「でも、そうはならなかったけどな」
ハーフトラックは、苛立った相手から視線を逸らすことすらせず、サーボを差し出した。
「書類を」

もちろん、ライオコンボイはすでに必要な書類を用意していた。もっとも、本来ならソリプシスティック・スタッフを所持する彼には、そのような手続きは免除されているはずなのだが。

ハーフトラックはバラージからほんの一瞬だけ視線を外し、ライオコンボイの公的職務個人登録証――Personal Registration Of Official Function、通称《PROOF》に並ぶ白黒のコード情報の上へ赤いレーザーの照準十字を投影した。

――彼に存在する権利があることの「証明」。

「問題なし。管理官がお会いになる。待たせないほうがいいぞ」

管理官の執務室は塔の最上階、荒廃したシータコンの街並みをはるか下に見下ろす、地上七十一階の高さにあった。

エレベーターを降りて執務室へ向かう途中に待つのは、GABの作戦指令センターから響き渡る騒音だった。そこにはそれぞれ数十台ものモニターとホロスキャンが並ぶ、二つの巨大なピットがある。そして、その中にはそれぞれ一体ずつ、途方もなく巨大なビルダーが収まっていた。

数十年にわたって何度も管理官の執務室を訪れてきた経験から、ライオコンボイは、片眼鏡をかけた濃灰色のビルダーがズームアウトで、金と黒のビルダーがスロッグであることを知っていた。

二体の身体には、古びてくすんだデストロンのエンブレムが刻まれている。

ライオコンボイがプロトフォームとして生まれるよりも遥か以前からこの場所に据えられていた彼らは、ほとんどすべてのビルダーがそうであるように、もはや自力で動くことができなかった。錆びついたギアと老朽化したサーボモーターは固着して動かず、絡み合う無数のケーブルが彼らの身体へ直接接続され、まるで墓所のようなその座へと縛りつけていた。

ライオコンボイが彼らの領域を通り抜けていく間、ズームアウトは彼に一切注意を払わなかった。すべてを見通すボットにとってさえ、彼など目に留めるほどの存在ではないらしい。
一方、スロッグはただ一度、純粋な憎悪を込めた、形ばかりの睨みを彼へと向けただけだった。

当然ながら、ライオコンボイが到着した時、重厚なフローライト鋼製の両開き扉は閉ざされていた。

彼は自らの「存在証明(PROOF)」を扉の制御装置にある光学スキャナーへかざした。すると表示が赤から黄色へと変わった。緑ではない。
管理官は彼が来たことを把握した。だが、まだ入室を許可してはいないのだ。

手順は守られなければならない。
儀式は滞りなく執り行われなければならない。
ライオコンボイは待った。

彼の思考は再び《ゲーム》へと戻っていった。
アリーナへと入場していくプレダコンたちの、気高くも野蛮な姿。
そして、自らも戦いへ赴こうとする勇敢なマキシマルたちの、堂々たる姿も。

長い一瞬の後、LEDが緑色に点灯し、扉が静かに左右へ開いた。

その部屋には、いつ訪れても圧倒されるものがあった。

フロアの西半分を丸ごと占める広大な空間で、巨大な外窓からは眼下に広がる古代都市を一望できた。大聖堂を思わせるほど高い天井は、足を踏み入れた者に自分の存在の小ささを思い知らせる。

その空間には、古代のビルダーズの中でも最大級の者を除けば、ほぼすべてを収容できるほどの広さがあった。このエネルゴン不足の時代において、エクソウォーカーの助けなしには移動させることすらできないほど巨大な個体でさえ例外ではない。

入口の扉の設けられた壁面は結晶状のマトリクスで構成されており、普段は、ここで行われているありとあらゆるスポーツの華々しい競技の模様を映し出している。だが必要とあれば一方向だけ透明になり、管理官が自らの眼下にある管轄領域を直接見渡すこともできた。
モニターの下端には二本のテキストが絶えず流れ、管理官にメカ・サッカー、レーシング、バスケットレック、格闘技、陸上競技、ロビング、ボレーブラスト、射撃、さらにはレトロ・ロデオに至るまで、各競技の最新動向を管理官へと伝え続けていた。
部屋の一角は、トロフィーや表彰品、記念品、思い出の品々で埋め尽くされている。

その大半は、現代に入ってからマクシマルとプレダコンの間で行われてきた、実に二千回近くにも及ぶ《ゲーム》にまつわるものだった。

こちらには、シザーボーイが四体のプレダコン戦士を相手に、驚異的な勝利を収めた際の〈カーネイジ・クランプ〉。あちらには、忌まわしき〈カリング〉の一戦で、キラーパンチがウルトラマンモスを不意打ちした際に振るったマチェーテが飾られている。
さらに、そのいくつかはその時代よりも古く、いや、それどころか大戦よりもさらに以前のものもあった。
大戦以前――まだビルダーたちが若く、「オートボット」や「ディセプティコン」という言葉さえ、ただマニフェストの中に記されるだけの名にすぎなかった時代。かつて剣闘の暴力が吹き荒れた、あの時代にまで遡る品々だ。

中でもひときわ傷みの激しい記念品が、強い照明を浴びながら、磁場の中でゆっくりと回転していた。
炭化した焦げ跡に覆われた、見栄えのしない紫色の棒。
それは、メガトロン自身が振るった〈エネルゴン・メイス〉である――とされていた。

その目を引く展示物の向かい側には、ひときわ巨大な机が据えられていた。平均的な体格を上回るビルダーに合わせて作られたものだ。
そこが、管理官が采配を振るう場所だった。

管理官自身は、ビルダーとしては小柄な部類に入る。もっとも、日頃から警備や巡回にあたっているマイクロマスターたちよりは遥かに大きい。

彼よりさらに大きなビルダーは、通常のエネルゴン配給だけでは活動状態を維持することができない。そのため、公の場に姿を現すことはほとんどなかった。

管理官の装甲は青と灰色を基調とし、ところどころに金色の差し色が入っている。背中からは二門の砲身が突き出していた。

現在、彼はデスクの向こう側に立ち、窓の外を見つめ、朽ち果てていく都市を眺めている。
ライオコンボイは両方のサーボを背中で組み、声をかけられるのを辛抱強く待っていた。

こうして待たされてはいたものの、管理官は自分のことを本心から気に入ってくれているのだと、ライオコンボイは思っていた。

管理官はよく、何かしらの助言や格言めいた言葉を彼に聞かせてくれた。ライオコンボイが失敗を犯した数少ない時にも、脅しをかけるのではなく、その機会を捉えて建設的な忠告を与えてくれたものだった。

長い沈黙ののち、ようやく管理官が口を開いた。

「知っているかね。ただ見ているだけでも、案外いろんなことが分かるものだ」

返事をしてよいものか判断しかねながら、ライオコンボイはデスクへと歩み寄った。

「おっしゃる通りです、管理官」
灰色のビルダーは、「管理官」という呼び名に、かすかに笑い声を漏らした。
この数十年のあいだに、彼は何度となくライオコンボイへ、自分のことは名前――イジェクト――で呼べと言ってきた。
だがライオコンボイは、そこまで親しげに接することにどうしても馴染めなかった。

「見たまえ、スラッガー。いつだって一線をきっちり守っている。君がこの《ゲーム》で審判を務める者として選ばれたのにも、理由があるというわけだ」
管理官はゆっくりと振り返った。年季の入ったピストンが、かすかに軋む音を立てる。

その視線は鋭くライオコンボイに注がれ、やがて彼の胸元――あるいは、その少し奥にある何か――へと留まった。長い年月のあいだ、ときおりそうしてきたように。
妙に居心地の悪い沈黙だった。

数ナノクリック――ほんの少し長すぎるほどの間を置いてから、《ゲーム》のグランドマスターは言葉を続けた。

「本当に悲しいことだよ。マクシマルも、プレダコンも、我々の代わりに篝火を受け継ぐために創られたのだ。我々が、ただの自動機械以上の存在になれるだけのものを内に秘めていたのだと、“彼ら”に証明するためにな。我々が残され、日に日に縮小していく戦場で、ただ殴り合うだけの存在ではないと」

「それなのに、見てみたまえ。我々はここにいる。決着がつくまで、仲間同士で争い続けている」

その言葉を聞き、自分でも意図しないまま、ライオコンボイは一歩近づいていた。普段の彼らしからぬほど、その身体が露骨に興味を示してしまっている。

こんなことは初めてだった。

「“彼ら”……ですか、管理官?」

「そうだ。彼らだ。彼ら――。分かるだろう? そうそう、私もようやくあの映画の最後まで観たんだ。もっとも、実際には真ん中の一本なんだがね。我々の衛星が『ハンガー・ゲーム2:キャッチング・ファイア』を拾ったのは、つい数軌道周期前のことだったんだ。
もちろん、最初に放送されたのは何世紀も前のことだ。だが、光の速度というのはいつだって厄介な問題だからね」

ライオコンボイが困惑した声を漏らしかけたが、管理官は構わず話を続けた。

「四百年も経ったというのに、“彼ら”はいまだに我々に最高のアイデアを与え続けている。
我々が彼らと出会った頃、彼らはそもそも我々と同じリーグにすらいなかった。
それが今や、我々は控え選手だ。ホームフィールドから数十パーセク以上離れることすら許されず、封鎖されている。
我々がもっとしっかりしなければ、そう遠くないうちに、一つの惑星から出ることすらできなくなるかもしれない。
そうなったら、もうタオルを投げるしかないだろうな」

言葉の多くは意味が分からなかった。だが、それでも話の大筋くらいは伝わってくる。
管理官は、自分に力を貸してほしいということなのだろうか。
「では、私に……我々が『立て直す』手助けをしてほしい、と?」

ビルダーは、目元にはまったく笑みを浮かべないまま、悲しげに笑った。

「そうだったらよかったんだがね。いやいや、違うんだ。たった今、上層部から通達が下りてきたんだ。――また〈カリング〉を行う。」

ライオコンボイは一歩後ずさり、腕を組んだ。

「またですか? こんなに早く?」

管理官のマウスプレートは、いつものように表情を読み取らせない仮面のようだった。だが、その眼差しにはどこか、物悲しい笑みの気配があった。
「お上のご意向だ。」
管理官ほどの地位にある者がそう口にする以上、その言葉が指すものは、一つしかない――ビルダー議会だ。

「それに、これが公平だろうと不公平だろうと、《カリング》はいつだって最高の《ゲーム》のひとつになる。誰だって知ってることだろう」
管理官の目が、きらきらと輝き始めていた。
いつものように、壮観な試合がもたらす興奮と栄光について語るときに見せる輝きだ。
これこそが彼の中毒なのだと、ライオコンボイは知っていた。

「今、前回の《カリング》を生き残ったプレダコンは19体。対してマクシマルは、たった11体しかいない。だから、君の役目はひとつだ、チャンプ。次の勝ち星を、マクシマル側につけることだ」
管理官の声は次第に熱を帯び、その興奮は隠しようもなくなっていった。
ついには両腕を頭上まで掲げてみせる。それは、衰弱した彼にとって決して軽い動作ではなかった。

「ただの勝利じゃない。圧勝だ。 なぜなら、《第1925ゲーム》が《カリング》になれば、両者の数を少しでも均衡させるために残されている戦いは、あと一度しかないからな」

ライオコンボイの表情が曇ったのだろう。管理官は口調を和らげた。

「分かってる。こんなのは、まったくの不意打ちだ。誰だって、次の《カリング》は《第2000ゲーム》だと思っていたはずだ。それに、君がフェアプレーを重んじる精神の持ち主だということも知っている。だからこそ、君はこの仕事にうってつけなんだ。
《第1924ゲーム》までは、まだ二週間ほどある。ゆっくり休みたまえ。頭を空っぽにして、もう一度《ゲーム》に集中するんだ。外は危険な世界だからな!」


■p5~7

自宅へ向かう道すがら、昼が夕暮れへと移り変わっていく中で、考えを巡らせる時間は十分すぎるほどあった。
GABがメビウス・アリーナからの移動手段として、痩せ衰えたビルダーの、ステイシス・ロックされた外殻に収められての飛行を提供してくれたとはいえ、シータコンの中心街からグリバックスのマキシマル居住区までの移動は、自分でなんとかしなければならなかった。

歩くよりも走行するほうがエネルギー消費は少ない。そのためライオコンボイは、ビルダーの巡回部隊や検問所から睨まれることを承知のうえで、オルタネート・モードを使っていた。

もっとも、小柄で機動性に優れたビルダーですら、変形に必要なエネルギーを消費するとなれば、そう簡単には踏み切らない時代だった。

黄昏の中を走りながら、ライオコンボイの思考は目まぐるしく駆け巡っていた。

宇宙というものが、自分がこれまで考えたこともないような意味で、すでに手の届かない場所になっている――その事実が、彼の興味を強く引いていた。

もちろん、彼は古代の栄光について学んでいた。
慎重に生態系まで設計された植民地群を擁し、かつて栄華を誇ったオートボット・コモンウェルスのことも。
征服した種族を徹底した効率で支配した、デストロン・スター・エンパイアのことも。
そして、その二つの星間国家のあいだで、サイバトロンが常に最大の獲物であり続けたことも。

そして当然ながら、そんな勢力が今の時代にはもう存在していないことも知っていた。

ただ――あれほどの時代から、どうして今のこの有様にまで至ったのか。
そのことを考えたことは、一度もなかった。

そして彼は、《ゲーム》の生存者たちが間もなく《カリング》にかけられるという、歓迎しがたい知らせについても考えを巡らせた。

《ゲーム》を生き延びれば、エネルゴンの配給量は二倍になる。さらに、少なくともJ級以上の《機能》に就く義務を免除され、都市から都市へ、ある程度の自由をもって移動する権利も与えられる。

なにしろ、《ゲーム》の勝者ともなれば、最下層のビルダーとほとんど肩を並べるほどの待遇を得られるのだ。

だがビルダーたちは、自由を得たマクシマルやプレダコンが大勢うろつき、頭角を現して騒ぎを起こすような事態を望んではいなかった。
そのため時折、《ゲーム》の一つが《カリング》に指定された。
すると、前回の《カリング》以降に生き残ってきた者たち全員が再びアリーナへと戻され、もう一度、戦いを繰り広げることになる。

たいていの場合、《カリング》は100ゲームおきに行われた。つまり、勝者たちが4年間生き残れるだけの期間が与えられるわけだ。場合によっては、それよりさらに長い間隔が空くことさえあった。

《カリング》は、マクシマルとプレダコンのあいだに強烈な葛藤を引き起こした。
あれほどの苦難をくぐり抜けてきた生存者たちが、再び《ゲーム》という挽き潰し機へ送り戻される。その光景は、あまりにも理不尽だ。
それでもなお、《ゲーム》が抗いがたいほど魅力的な見世物であることも否定できない。

勝者たちは、それだけである種の有名人だった。しかも彼らは、かつての戦場で自らの実力を証明してきた者たちでもある。
それなのに今回は、前回の《カリング》からわずか一年で、次の《カリング》が行われようとしている。
それはつまり、資源の不足が、誰もが考えていた以上に逼迫していることを示していた

ライオコンボイ自身もまた、葛藤していた。
確かに、この資源不足によって、自分の職務がどれほど重要なのかを思い知らされた。
この脆弱な経済の中で、均衡を維持すること。
それが自分に課せられた役割なのだ。

その一方で、彼の中では、死に体となったビルダーたちへの憤りの炎もまた、激しく燃え上がっていた。

身体も精神も石のように硬直し、ほとんど活動することすらできない彼らが、マキシマルとプレダコンによって不釣り合いなほど大量に採取された資源を、自分たちの取り分以上に消費しているのだ。

グリバックスのスラム街が、かろうじて視界に入り始めた、その時だった。

ライオコンボイのスパークが、突如として痛々しく収縮した。

思わず道路から逸れかけるほどの衝撃だった。
制御を取り戻そうとスピンへ入った瞬間、彼は空に走る閃光とガンマ線の奔流に気づいた。

そしてほとんど間を置かず、流れ星のような何かが、サイバトロンへ向かって落下していくのが見えた。

いつもなら、無視していただろう。

明らかに自分の管轄外のことだ。ビルダーかMCSFに任せればいい。
だがその時、管理官の言葉がオーディオセンサーに蘇った。

そしてライオコンボイの胸には、不意にひとつの思いが湧き上がった。

――星々が、これほど手の届かないものではなかった時代への憧れ。

自分が状況を完全に理解するよりも先に、彼はすでに許可された大通りを外れていた。

向かう先はただひとつ。

広大なサイバトロンの荒野、その都市と都市の狭間に広がる空白地帯――墜落地点だった。

ビルダーたちがプレダコンの掘っ立て小屋や、マクシマルたちの劣悪な居住区を定期的に巡回することはない。マクシマル司令部保安部隊でさえ、この辺境までやって来ることは稀だ。
だからライオコンボイには、この天からの闖入者を誰にも邪魔されず調べるだけの時間が、少なくとも数サイクルはあるはずだった。

クレーターを見つけるのに、それほど時間はかからなかった。

赤外線を放つその穴は、かつては給油所か部品倉庫だったのかもしれない建物の残骸を、さらに打ち砕いて穿たれていた。もっとも、その建物自体も、幾千幾万年にもわたる戦争の末に、とうの昔に廃墟と化していたものだった。

ライオコンボイは警戒しながら近づき、灼熱に赤く輝く金属をよく確かめるため、短く「マキシマイズ」と声を発して人型形態へと変形した。

何かがここへ墜落した。

だが、それが何であれ、もうこの場所にはいないらしい。

彼は落ち着かない様子で辺りを見回した。

いずれやって来るであろうビルダーの巡回隊に、こんな場所にいるところを見つかるわけにはいかない。
従属種族に、好奇心は奨励されていなかった。

それでも、せめて確かめられるだけ確かめなければ、きっと自分を許せなくなる――そんな気がしていた。
「誰かいるのか? 私の名はライオコンボイ。マクシ――……いや、サイバトニアンだ」
何かの気配を感じたような気がして、彼は言葉を続けた。
「危害を加えるつもりはない」
その言葉に、皮肉の色は微塵もなかった。

「まあ、私の見立てじゃ、あなたはとても無害とは思えないけど」

背後から声が聞こえた。

女の声だった。低く、喉の奥でざらつくような声。
ライオコンボイは勢いよく振り返った。その手には、ほとんど無意識のうちにスタッフが具現化していた。

もし声の主が敵意あるマクシマルかプレダコンだった場合、彼は思考一つでスタッフを操り、相手を無力化できる。

彼は暗がりに目を凝らした。

だが、何も見えない。

闇の中から、あの掠れた声だけが漂ってきた。

「立派な棒を持ってるじゃない、色男さん。――何か足りないものでも、それで埋め合わせてるの?」

ライオコンボイは一瞬、目を細め、それから、豪快に笑った。
「いつだってそうさ、”ミステリアス・ストレンジャー”。いつだってね。
だが、ビルダーかMCSFがやって来た時に、君がここにいるのはまずいぞ」

彼女は、まるで王族のような優雅な身振りで、闇の中から姿を現した。
ライオコンボイが最初に目を奪われたのは、彼女の瞳だった。
珍しい黄色の瞳。その光が、彼女の身を潜ませていた瓦礫を、どこか現実離れした色合いに染めていた。

彼女が近づいてきて、ライオコンボイはようやく気づいた。

――肢が、多い。

全部で八本。

それほど異様な姿でありながら、彼女の動きは流れるようになめらかで、不思議なほど静謐にさえ見えた。
そして彼がその赤と紫の身体――曲線と鋭角が入り混じったその姿を十分に見定めるよりも早く、彼女はすでに二人の距離を詰めていた。

ライオコンボイは息を呑んだ。

彼女が背中から伸びる余分な腕の一本を持ち上げたからだ。
その先端は、鋭利な刃のように尖っている。
彼女はその切っ先を、まるで愛撫するかのようにライオコンボイの胸元へと滑らせた。
そして、そこに刻まれたマクシマルの紋章の上で、しばしその動きを止める。
場違いにも、ライオコンボイの脳裏には、先ほどの管理官の長い視線が蘇った。

「そんなことになったら、困るわね?」

突然、彼女は大きく後ろへ跳んだ。
その身体が捻れ、組み替わり、みるみる形を変えていく。
そして次の瞬間、ライオコンボイの目の前には、六本脚を備えた車両があった。
一拍遅れて、彼もそれにならい、ビークルモードへと変形する。
二人のエンジン音だけが、しばらくその場に低く響いていた。

ライオコンボイは無意識のうちに、彼女が先導するのを待っていた。
「先に行ってよ、背の高い金色のハンサムさん。私、この辺のこと知らないの」
その一言で我に返り、ライオコンボイは逃亡者をどこへ匿うべきか考え始めた。

自宅は狭すぎる。危険も大きい。
それに、自分には決まった職場というものも――

いや。

あった。

ライオコンボイは気恥ずかしさを覚えながらギアを入れ、最寄りのアリーナへ向かって、迂回路を取り始めた。
目的地は、ここからおよそ二メガサイクル離れたニヨンの廃墟。
かつての街を覆うように築かれた、ドーム型のアリーナだった。


■p7~9

ニヨン・コロシアムの古びた塔々――その中でもひときわ高い塔が地平線の向こうに見えてくると、ライオコンボイはブレーキをかけ、プライマリーモードへと戻った。
そして、後ろをついてきていた女に向けて、同じようにするよう掌で合図する。

彼女が小さく「マキシマイズ」と囁いて変形すると、ライオコンボイのスパークが一瞬、高鳴った。

「で、作戦は? タイガーさん?」

ライオコンボイは何も答えず、サブスペースからスタッフを呼び出した。
「これを握ってくれ」
彼女は意味ありげに片眉を上げた。
「普通なら、その台詞はまずディナーをご馳走してもらってからなんだけど」
ライオコンボイは、ただ黙って彼女を見つめ返した。

やがて彼女は華奢な手を差し出し、スタッフを握る。
「あなた、あんまり喋らないのね、ゴールデンロッド」

ライオコンボイはゆっくりと首を横に振った。
「言うべきことがない限りはな。ソリプシスティック・スタッフは、どのアリーナでも監視カメラから我々の姿を隠してくれる。来い」
彼女はその名前を聞いてニヤリと笑ったが、それ以外には何の反応も示さなかった。

二人は、警戒しながら人気のない荒野を進んでいった。互いに絶えず辺りへオプティクスを走らせていたが、アリーナにも、その周辺にも人影はない。
スタッフに触れ続けていなければならないせいで、二人は必然的に身体を寄せ合う格好になっていたが、その近さは、なんとも居心地の悪いものだった。
やがて二人は、コロシアムに必要な最低限のメンテナンス設備へとつながる、入り組んだトンネルを抜け、ついにアリーナ内部へと辿り着いた。
穴だらけの街路を縫うように進み、崩れ落ちた壁をいくつも乗り越えていく。

そうして歩き続けるうちに、アリーナの巨大な構造物も、遠く霞んで見えるほどになっていた。
ライオコンボイは安堵の息を漏らし、瓦礫の山へ腰を下ろした。そこはかつて、第DCCCLXXIIゲームで、あるプレダコンが早々に優位を得るのを防ぐため、彼がその注意を引きつけた場所だった。
彼女もそれにならい、かつては産業用のエネルゴン再生装置だったのかもしれない残骸の上へ腰掛ける。

伸ばした右脚の向こうには、古びた落書きが半ば隠れていた。長い歳月、容赦ない陽光に晒されてすっかり色褪せており、サイバトロンの深い裂け目を思わせる月の反射光の下では、もはや何が描かれていたのか読み取ることもできなかった。

長い沈黙の後、ライオコンボイは自らの象徴ともいえる武器を消した。
彼女は訝しげに首を傾げる。
「このアリーナは、《ゲーム》が行われていない間は監視されていない」

彼女の声色も、二対の腕を組んだその仕草も、露骨なまでに疑わしげだった。
「へえ? どうしてそんなことが分かるの?」

ライオコンボイは大仰に腕を広げ、かつて一つの大都市だった崩れかけの建造物群を示した。

「現代の《ゲーム》で使われるアリーナは、どこも元は都市だった。ニヨン・コロシアムもな。だが、ここはあまりにも巨大だったため、ドームで覆うことができず、今も空が開かれたままだ。様々な種類のメカニマルが、この廃墟を頻繁に巣として利用している。
そうした獣たちは、《ゲーム》の最中には興味深い競技の相手となったが…それ以上に重要なのは、彼らの存在によって、最低限の警備システムを除けば、ほとんどの警備設備が実用に耐えなくなっているということだ。
それに、ここを管理しているビルダーは、しばしば……無頓着でね」

「ずいぶん堅苦しいのね。私、ツアーガイドとでも組んだのかしら。それとも、あなたって執事ロボか何か?」

彼は彼女のからかいを無視した。
「違う。私は”バランサー”。秩序の守護者だ。私自身の倫理規範にどれほどの犠牲を強いることになろうとも、我々の社会を維持しなければならない者。私は――」
彼女の乾いた短い笑い声が、彼の言葉を途中で断ち切った。

「つまり、いいカモの操り人形プライムちゃんってことね?」
胸の奥に、鋭い怒りが突き上げる。
「では、空から落ちてきた君はいったい何者だ? 私を裁く資格がどこにある?
我々のやり方を知っているのか?
ここにいる権利を証明するPROOFを、君は持っているのか?」
次の瞬間には、彼女は腰掛けていた場所を飛び降り、ライオコンボイの眼前まで詰め寄っていた。

「PROOF? 私の……何だったかしら? 『個人登録・公的機能証明書』だっけ?」

「そんなもの、とっくの昔に捨てたわよ。このガラクタの山みたいな惑星を、もう二度と戻らないつもりで去った時にね。
私は何年も――何年もよ!――ブリキ張りの暴君や、他人の背中を踏み台にしてのし上がろうとする連中と戦ってきた。そして、そこで何を学んだと思う?」

いつしか彼女はライオコンボイから離れ、落ち着きなく激しく歩き回っていた。

「本当に最悪なのはね、『より大きな善』のためだと言って、目の前の『ささいな不正』をそのままにし続ける連中だった。『もっと良い明日』のためだとか言って、いつまでも温存し続ける連中だって。でも、そんな明日なんて、いつまで経ってもやって来やしない。
だから、そんなくだらない理屈を私に聞かせないで。自分の原則を曲げているのは崇高なことなんだ――だって、”スクラップレットの荷車をひっくり返したくないから”――なんていう、そんな煙みたいな言い訳をね」

ライオコンボイは、まるで殴りつけられたかのようによろめき、後ずさった。

もちろん、以前から疑念を抱いたことはあった。
マクシマルもプレダコンも同じように抑圧された暮らしを強いられているのを見て、それでもなお、この世界が公正だと思える者がいるだろうか。

社会における最も重要な地位を占めているのが、停滞し、朽ち果てたビルダーたちだと知って、それでもなお、すべてが公平だと思える者がいるだろうか。

それでも彼は、これ以外の世界を知らなかった。
これ以外の仕組みを、知らなかった。

今あるものを打ち壊し、まだ見ぬ「あり得たかもしれない何か」を選ぶ――。

確かに、それは心を奮い立たせる考えだった。
だが同時に、それはあまりにも危険を孕んだ考えでもあった。

「……私には、君の言葉について考える時間が必要だ、ミステリアス・ストレンジャー。
君の言っていることは急進的だ――いや、異端と言っていい。だが、ここにいる限り、君の身の安全は保証しよう」

人をたぶらかすようなそのマクシマルは、彼から視線を逸らさぬまま、数歩ずつ後ろへ退いていった。

「あまり長く考えすぎないことね。私がいた頃からそう変わってないなら、ゲームは一公転周期に二回と少しは開かれてる。あなたがそうやって『考えてる』一ナノクリックごとに、スパークが消えてるのよ」

左脚のそばで、何かががさりと音を立てた。
ライオコンボイの視線が、彼女からそちらへと逸れる。

そこには、彼の足を探索する一匹のラストバグが這い回っていた。
足を食われてはたまらないと、彼はそれを蹴り飛ばす。ラストバグはころころと転がると、原始的な車輪形態へ変形し、そのまま走り去っていった。
ライオコンボイが再び彼女のほうへ目を向けた時には――もう、そこには誰もいなかった。

彼女は夜の闇へと、跡形もなく消えていた。

彼はしばしその場に佇み、夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。そして、自らの住処へと続く長い道のりを歩き始めた。


■p9~12

それから4日が過ぎた。
その間、ライオコンボイは比較的穏やかな日々を過ごしながら、両脚を組んで座り、オプティクスを内側へと向け、ひたすら瞑想に沈んでいた。

プロトフォームとして生を受けたその頃から、彼は自分でもうまく言葉にできない何かに惹かれ、心象世界へと意識を向けてきた。
夢にも似た無の静寂が、彼を呼んでいた。
この修練によって、彼は自己修復において並外れた能力を身につけていた。
大抵のボットならCRチェンバーを必要とするほどの損傷でさえ、自らの体内のナノボットだけで癒すことができる。

だが、彼がそこで求めるのは、たいてい肉体の癒しではなかった。
求めていたのは、心の癒しだ。そして普段なら、それを得ることができた。
――だが、今回ばかりは、なかなか心の平穏を得られなかった。

氷河のようなその眼差しの奥で、彼のスパークは激しく渦巻いていた。

ギルバックスという街が、これほど息の詰まるような抑圧に満ちて見えたことは、かつてなかった。

その原因は、最も高い建造物に恒久的に居座ることを義務付けられたビルダーの抜け殻のせいだけではない。
何もかもを慈悲も哀れみもなく監視する、ロングトゥースという名の偏執的な寄生者。
大多数のマクシマルたちが昼夜を問わず働かされている、エネルゴン再生施設や錆収穫工場、精錬炉から、絶えず空へと吐き出される産業廃棄物の汚染が空を覆っていること。
行き交う者を絶えず呼び止めてはPROOFを要求し、ちょっとした規則違反を犯しただけの不運なボットを、しばしば投獄したり罰金を科したりする、マクシマル司令部保安部隊の絶え間ない巡回だけでもない。

問題は、そのすべてだった。

この社会を成り立たせている仕組みそのもの。
それらすべてがひとつに組み合わさって形作る――サイバトロンで「生きる」という、その現実そのものだった。

五日目の正午を迎える頃には、ライオコンボイはもはや、胸の内に渦巻くものを抑えきれなくなっていた。
彼は、自らにあてがわれた二部屋の住居を後にした。マクシマルの身としては、ほとんど前代未聞ともいえる贅沢だった。
そして、街へ出た。
この時ばかりは、彼はスタッフを呼び出さなかった。
Class-Aの職能者という身分を、盾にしたくなかったのだ。

心のどこかで、彼は衝突を渇望していた。
自分でもまだ、その正体を理解できない――漠然とした欲求だった。
1メガサイクル以上ものあいだ、彼はあてもなく街をさまよった。
朽ちかけた居住区域を抜け、やがて商業地区の、けばけばしくも物悲しい煌めきの中へと足を踏み入れる。
ロングトゥースの怒りに満ちた眼差しが、さまよう彼をどこまでも追ってくるように感じられた――たとえそれが、ライオコンボイの想像にすぎなかったとしても。

他のマクシマルたちは彼に目もくれず、それぞれの仕事を続けていた。
だが、その振る舞いはどこか人目を忍ぶようで、いつ何時、誰かに難癖をつけられてもおかしくないと身構えているかのようだった。

そうして歩き続けるうちに、明るかった昼の光は、次第に集まり始めた不吉なマゼンタ色の雲に覆い隠されていった。

そしてついに――彼は、探し求めていたものを見つけた。

二人のMCSF隊員が、一人の不運なマクシマルにステイシス・カフを嵌めようとしているところだった。

捕らえられている男は平均より小柄で、青を基調としたボディには金色が差している。頭の両側からは、見事な二本の角が伸びていた。
両腕と脇腹は翼のようなもので繋がっており、そのせいで、腕を背中へ回そうとする二人の保安隊員もいささか手こずっているようだった。

男の話し声には、かすかに歌うような響きがあった。

「ワタシ、何も悪いことしてなイ! なぜ私をいじめるのかネ?」

二人いるMCSFのごろつきのうち、体格の大きいほうが、拘束されたマクシマルの手足を所定の位置へ押し込もうとしていた。
白いボディに赤と灰色の差し色が入ったそのロボットは、赤道近くのギルバックスよりも、むしろサイバトロンの極寒地帯で活動するために設計されたように見える。
胸には左右三本ずつ、計六本のスパイクが突き出しており、それがひときわ威圧的だった。

ライオコンボイの心のどこかで、ひょっとすると彼は罰としてこの地へ飛ばされてきたのではないか、そんな考えがよぎった。あるいは、ビルダーによる悪趣味な冗談なのかもしれない。
この場所では、抑圧する者と抑圧される者との境界すら、容易に入れ替わる。

「何も悪くない、だと?」
隊員は低く唸るような声――深いビブラートのかかった声で言った。
「お前はビルダー議会法規375.19ガンマ、第9条、第23項に違反している」
小柄なマクシマルの表情が、一瞬だけ虚ろになった。

まるでAutopediaへアクセスしようとしているボットの顔だった。
どうやら、MCSFが周辺一帯の通信を遮断するのが常套手段であることを知らないらしい。

「ワタシ、ソレが何なのか知らナイ」

もう一人の隊員は、数メカノメートル後方に立ち、援護に回っていた。
相棒より背は高いが、体格はそれほどがっしりしてはいない。黒いボディに、赤と黄色の差し色が入っている。
何より目を引くのは、頭を取り巻くように広がった、ひときわ立派なたてがみだった。

彼は手持ち無沙汰そうに、見るからに物々しい黄金のシミターの平たい腹を、掌へ軽く打ちつけていた。
その声はしゃがれており、口調には、退屈しきった役人じみた尊大さが滲んでいる。出来の悪い教師か、世の中にすっかり倦んだ官僚を、どことなく思わせる話し方だった。

「鏡、その他の反射面に映った自分の姿を90ナノクリック以上にわたって見つめることは犯罪だ。罰則は、最大3日間の拘留、または最大で2日分の満額エネルゴン配給に相当する罰金、あるいはその両方だ」

白い隊員が片方のカフをどうにか固定した、その時だった。
小柄なマクシマルは突如として怒りを爆発させ、自分を押さえつけていたロボットを力任せに振りほどいた。

「ふざけンナ! いつからそんなのが犯罪になったンダ!?
ビルダー議会は、こんな法律を考えて一日中座ってることしかやることがないノか!?
それに、ワタシはClass-Dなんダ! 満額のエネルゴン配給二日分稼ぐのに、五日間も働かなきゃならなイんだぞ!」

怒りに燃えるマクシマルのほうへ大雑把に刃を振り向けながら、背の高い隊員は、まるで面倒事でも片づけるような口調で脅しをかけた。
「今すぐ大人しくしろ。さもないと公務執行への抵抗も追加だ。そんなこと、望んじゃいないだろう」
そして彼は、崩れかけた大通りの向こう側から一部始終を見ていたライオコンボイへと、顔と剣を同時に向けた。
「それから、そこのお前。立ち去れ。でなきゃ次はお前の番だ」

――もう、限界だった。
ライオコンボイは、以前から心のどこかでは分かっていた。
こういうことが、驚くほど頻繁に起きているということを。

自分があれほど懸命に均衡を保とうとしてきたこの社会そのものが、弱い立場のボットたちを搾取し、苦しめることで成り立っていることも。

だが彼は、その事実をずっと心の奥深くへ押し込めてきた。
そうしていれば、この残酷な現実と向き合わずに済んだからだ。
ビルダーのために作られた世界で、マクシマルとして生きるということが、一体何を意味するのか。その残酷な現実と、あまりにも救いのない醜さから、目を背け続けることができたから。

ライオコンボイは、いつの間にか先ほどよりも背筋を伸ばしていた。
わずかに胸を張り、肩を正面へ据える。
もう、これまで何度もしてきたように、引き下がることなどできそうになかった。

「ならば――ビルダーどもの手先よ。どうやら次は、私の番、ということらしいな」

不運な獲物を再びしっかりと捕まえていた、体格のいいMCSFのマクシマルが、その相手の肩を乱暴に突き飛ばすと、ライオコンボイへ向き直った。

「ほう、ほう。どうやら英雄様がお出ましらしいな」

右腕から、禍々しい三枚刃のブレードが突然せり出した。
「スナール。今のところ、こいつには何の罪状がつく?」
背の高い憲兵――どうやらスナールというらしい――は、いかにも愉快そうに首を鳴らし、左右へ傾けた。
「今のところは、威嚇行為、公共の秩序を乱した罪、司法妨害。それと――どうやら公務執行への抵抗も追加されそうだな。全部合わせりゃどうだ、ポーラークロー。サイバー切断刑が八公転周期……いや、十二周期くらいか。ついでに、エネルゴン配給二年分も没収ってところだな」

「聞いたか、英雄様?」
ポーラークローがニヤリと笑った。
「これから千ゲーム分、お前の給料は差し押さえだ!それから、徘徊罪も忘れてたな」

ライオコンボイは知っていた。この戦いは、始まる前に終わらせることができる。
ただソリプシスティック・スタッフを呼び出し、それを使って、この二人の抑圧者を無力化すればいい。
だが彼が求めていたのは――いや、肉体的に必要としていたのは、肉弾戦によるカタルシスだった。

だから彼はそうしなかった。
右腕を地面と平行に伸ばし、指を二度曲げて、かかってこいと挑発した。
フェイスプレートの奥には、誰にも見えない薄笑いを浮かべていた。
そのあまりにも悠然とした自信が、より大柄な隊員――ポーラー・クローを苛立たせたらしい。

彼はわずかに首を傾けると、短い無線通信を飛ばした。
「司令部、こちらMCSFパトロール179。グリバックス、カジーダ地区にて応援を要請。現在、4-12が発生中」
彼は相棒と視線を交わすと、二人は小さく頷き合う。
おそらく、その一瞬のうちに短い無線通信でも交わしたのだろう。
そして二人はライオコンボイを挟むように、左右から回り始めた。

左にスナール。
右にポーラー・クロー。

二人とも、武器を常に相手へ向けたまま、慎重に間合いを詰めていく。
その隙に、角を持つマキシマルはこっそりとその場から逃げていった。
片腕にはまだカフが嵌められたまま、役にも立たずぶらぶらと垂れ下がっている。
ライオコンボイは腕を組み、何事もないような顔で待った。

だがその内側では、スパークが不安に脈打っていた。
――私は、何をしている?
MCSFは、本来なら“善良な側”のはずだった。
秩序を守り、安全をもたらす者たち。

今ここで降伏すれば、きっと自分の人脈を使って――

……いや。

違う。

こいつらは、誰かを守るためにここへ来たんじゃない。
恐喝屋だ。ただでさえ困窮しているこのコミュニティから、失う余裕などほとんど残されていないエネルゴンを、さらに搾り取っている。

たとえ入隊した当初の志がどれほど高潔なものだったとしても、今の自分たちが何者で、どんな役割を果たしているのか、それに気づいていないなどとは到底思えなかった。

二人の敵が、ライオコンボイを挟んでちょうど真向かいの位置につくと、慎重に距離を詰め始めた。
ライオコンボイは、じっと待ち続けるよう自分に言い聞かせた。
最善の策は、相手に先に仕掛けさせることだ。
二人がそれぞれライオコンボイの間合いのぎりぎり外まで近づいた、その時。
何か見えない合図が二人のあいだを走り、そして同時に襲いかかってきた。

ポーラークローは上から。

スナールは下から。

ライオコンボイは巧みに横へ身をかわし、スナールの肩へ二本指による突きを叩き込んだ。
その衝撃でスナールの腕がだらりと力を失い、握っていた武器が路上へと音を立てて落ちる。
長身のマクシマルが一歩後退し、使い物にならなくなった腕を押さえた。
その隙にライオコンボイは低く身を沈め、回転しながら蹴りを放った。
スナールはかろうじてかわしたものの、その勢いで刃は手の届かないところへ弾き飛ばされた。
そこへポーラークローが武器を振り下ろす。
ライオコンボイは前方へ転がってそれをかわし、そのまま白いロボットへと体当たりを仕掛けた。

二人は手足を絡ませてもつれ合い、地面へ倒れ込んだ。
格闘の最中、彼らの音声プロセッサからは意味を成さない唸り声や叫び声が漏れ続けていた。
ライオコンボイは、スナールがまだ戦える状態にあることを痛いほど意識していた。
それに、増援部隊が到着するまで、あと数サイクルもないはずだ。
早く、この戦いを終わらせなければならない。
その焦りが、彼に力を与えた。

ライオコンボイは相手の胴体へ、容赦のない肘打ちを叩き込んだ。
ポーラークローのオプティクスが一瞬、強く輝き――
そして、すぐに光を失った。意識を失ったのだ。

ライオコンボイが顔を上げると、ちょうど刃を突き出したスナールが、こちらへ向かって突進してくるのが見えた。
間一髪だった。ライオコンボイの脚が鋭く跳ね上がり、法執行官の身体を弾き飛ばす。
スナールは地面へ叩き倒され、大きな音を立てて転がった。
次の瞬間には、ライオコンボイはもう立ち上がっていた。
ちらりと見ただけで分かる。スナールが起き上がるまでには1~2サイクルはかかりそうだった。それだけあれば十分だ。

彼は意志を集中させ、ビークルモードへ変形し、車載トランスポンダーを切った。

――重罪だった。

そのまま街を飛び出し、猛スピードで走り去る。

自分はいったい、たった今、何をしでかした?

ライオコンボイは走りながら、そう自問していた。



■p12~13

ニヨンへ戻る道は、風が吹きすさぶ荒涼としたものだった。
目的地まで半分ほど来たところで、頭上を覆っていた怒りに染まったような朱色の雲が弾け、痛みを伴う酸性雨が、霰のように激しく叩きつけてきた。雨粒はシャーシを穿ち、視界を霞ませる。

それでも彼は頑なに走り続け、避難場所を探そうとはしなかった。少なくとも、この不快極まりない天候のおかげで、他の者たちは誰も道路に出てこないだろうと思えば、多少は気が楽だった。
ワイパーを作動させようと念じたところで、片方がうまく動かないことに気づいた。フロントガラスから突き出した、鋭く裂けたガラス片に引っかかっている。MCSFとの乱闘で、ひびを入れてしまったのだろう。

なぜだ。なぜ、あんなことをしてしまったんだ?

命令に従っていただけの、同じマキシマルの仲間二人を襲ったところで、状況を変えるための最善の方法ではないことくらい、彼にも分かっていた。
抵抗運動についてのささやき声を、ときどき耳にしたことがある。現状に異議を唱えるビラや落書きを目にしたこともある。地下放送局「Radio Free Cybertron」の放送を、断片的に聞いたこともあった。

自分も、ああいう者たちの一人なのだろうか?

体制に抗議する扇動者なのか?

――自分は、そんな者になりたいのか?

アリーナへ入ると、一時的にではあるが、刺すような雨から逃れることができた。
もっとも、荒れ狂う思考から逃れることはできなかった。
すでに夜になっていた。
それでも雨は、なおも荒れ果てた大地を容赦なく削り続けている。
ライオコンボイの思考は、空から落ちてきたあの”ボット”へと戻っていった。

もし彼女がまだここにいるのなら、自分なら見つけられる。
他の誰かにとっては、不可能に近い捜索だろう。
崩れかけた無数の廃墟、倒壊した壁、人目につかない裂け目、雑然と積み重なった瓦礫――。身を隠せる場所など、いくらでもある。
だが、このアリーナは、他のすべてのアリーナと同じく、彼の領域だった。

スタッフを手に、彼は放送センターへと向かった。
本来そこは、ビルダーだけに許された聖域だった。だがスタッフがあれば、彼にも中へ入ることができる。
アリーナの中枢司令部には、常に一体のビルダーが常駐していた。
ブラックオーメンという、ことさら性質の悪いビルダーだ。
彼は、スパークを消されていくマクシマルたちの顔をわざわざクローズアップで映し出すことに、何よりの喜びを感じるような男だった。

だが、ブラック・オーメンは同時に、ひどく無頓着な性格でもあった。
だからライオコンボイには、彼が今頃、デストロン・スター・エンパイアが栄華を誇った古き良き時代を描くホロスキャン・ドラマに没頭している可能性が高いと分かっていた。
プライマスのみぞ知ることだが、過去にライオコンボイが彼へ情報を求めた時でさえ、ブラックオーメンはしょっちゅうそんな状態だった。――それも、《ゲーム》の真っ最中でさえ。

案の定、病的な黄と灰色の巨体はそこにいた。
苔色のオプティクスは暗く落ちていたが、ときおり微かに明滅している。
彼は、かつて存在したことなど一度もないような過去の幻影――作り物の世界の中で、自らの生を送っていた。その姿を見て、ライオコンボイはふと気づいた。
このビルダーと実際に面と向かって対面するのは、これが初めてだった。

そして否応なく、その奇妙な姿勢に目を奪われる。
自力でほとんど動けなくなったビルダーたちは、たいてい座っているか、横たわっているか、あるいは壁にもたれかかるようにして立っている。
だがブラックオーメンは違った。
その身体は、最初から後ろへ反り返るような姿勢で造られている。
両腕は不自然にだらりと垂れ下がり、顔は永遠に天井を見上げたままだった。
そしていつものように、栄養供給チューブやデータパイプ、放熱ダクトがその身体へと繋がり、この抜け殻をサイバトロンの残りの世界へと縛りつけていた。

ライオコンボイの身体を震えが走った。
それが恐怖からなのか、嫌悪からなのか、それとも――憐れみからなのか、彼自身にも分からなかった。

部屋の中央にだらりと横たわる、死体めいた巨体の悪意を時折ちらりと見やりながら、ライオコンボイはニヨン・コロシアムの隅々にまで張り巡らされた無数のセンサーを起動した。
光学センサー、熱感知装置、動体検知器、集音装置、レーダー、嗅覚計――その他ありとあらゆる感知装置が一斉に稼働し、彼の周囲の環境を余すところなく捉えていく。それらがもたらす情報を合わせれば、メカ・ブヨより大きなものなら、何ひとつ彼の目を逃れることはないほど、周囲の環境を完全に把握することができた。
外では、何百もの生物が動き回っている。

ライオコンボイは、そこから少しずつ検索条件を絞り込んでいった。

落ち着きなく動き回るグリッチマウスや、苛立った様子のノソロン、刺激を受ければたちまち二輪車形態へ変形できるエレクトロトードたち――そうした誤検出が次々と除外されていくにつれ、彼はより大型の生物へと意識を集中させていった。

やがて夜が明ける頃には雨も弱まっていた。

だが、ニヨンをこれほど特異な場所にしている多種多様な生物たちが、彼の捜索をことごとく阻んだ。

あれは――
……いや、違う。

警戒心の強いザッポニーの群れを追う、ニューマ・ライオンだ。ザッポニーたちは、わずかな刺激にも反応して、即座に二輪車形態へと変形できるよう身構えている。

では、あちらは……?
――いや、まさか。

よりによって、マチャドロンまでいる。
しかも第二形態――ずんぐりとした装甲戦車の姿になっている。

数メガサイクルにわたって捜索を続けた末、彼は認めざるを得なかった。

彼女は、もうここにはいない。

意識を失ったビルダーの巨体を最後にもう一度振り返ると、ライオコンボイはコントロールセンターを後にし、そのままアリーナを去った。


■p13~16

答えをくれそうだった唯一の存在を見つけることもかなわず、ライオコンボイはサイバトロンの果てしない荒野へと車を走らせた。

何百万年にも及ぶ戦争が穿ったクレーター。吹き溜まった錆。プライマスのみぞ知る場所へと続く亀裂。そのほかにも大小さまざまな危険が行く手を塞いでいたが、それらは少なくとも、彼の胸に芽生えた反逆的な思考から気を逸らすには十分だった。
故郷であるこの星が、実のところどれほど死に満ちた場所なのかを思う。そして、これほど過酷な世界ならば、自分たちを含め、あれほど多くの獰猛な種族を生み出したのも当然なのかもしれない、と考えた。

やがてエンジンが過熱し始めると、彼は尖塔のようにそびえ立つ岩棚の影へ車体を滑り込ませ、停止した。
疲労が、重く彼を包み込んでいた。

空には再びヘイディーンが燃え上がるように輝いている。そこで彼はようやく気づいた。トランスポンダーを切っていようがいまいが、遥か上空を周回する無数の衛星から見れば、自分の姿など丸見えに違いない。
だが、もうどうでもよかった。
心のどこかでは、むしろ見つけてほしいとさえ思っていた。

しばらくエンジンを冷やした後、ライオコンボイは「マキシマイズ」して本来の姿へ戻り、壁にもたれかかった。
あの見知らぬ者は去ってしまった。もしかすると、もう二度と現れないかもしれない。

そうなった今、自分がこれからどうすればいいのか、彼には分からなかった。
レジスタンスを探すか?
――そんなことをしても、徒労に終わるだけに思えた。
それとも――〈管理官〉のもとへ尻尾を巻いて戻り、何も知らなかった頃の自分に戻ったふりをするのか?

明確な道筋が見えないまま、彼は慣れ親しんだものに安らぎを求めた。
再び蓮華座を組み、己の内なる核――規則正しく脈打つスパークへと意識を繋げていく。

すべてのマクシマルと同じように、彼の体内にも生命維持機能の均衡を保ち、正常に維持するためのナノマシン群が搭載されている。だが、ほとんどの者と違い、ライオコンボイはそれらを意識的に操ることができた。
かつて、あるビルダーの医師から、そんなことは絶対に不可能だと言われたことがある。
不可能だろうが何だろうが、彼にはできた。
スパークが、内側へ向かって収縮していくような感覚があった。
同時に、彼は己の身体を隅々まで巡り、渦を巻きながら行き交うナナイトの群れを感じ取った。
身体のあちこちに生じたごく微細な陽極腐食の一つひとつを取り囲むように、ナナイトたちが集結していく。そして、望ましくない化学反応によって変質していた分子を、あるべき状態へと組み直していった。
胸部を走る蜘蛛の巣状の亀裂――ワイパーの動きをあれほどまでに阻害していた傷も、ナナイトによって修復されていく。ミクロな領域からマクロな領域に至るまで、亀裂は調整され、ひとつの整然とした構造へと縫い合わされていった。
夕刻を迎える頃には、彼の身体は完全に、本来の最適な稼働状態を取り戻していた。

そして、ライオコンボイが目を開けると――彼女がいた。
しかも、一人ではなかった。
ライオコンボイを取り囲むように、半ダースほどの人影が立っている。
彼女を除く全員が、すでに武器を抜いていた。
彼らが近づいてきたことに、彼はまったく気づかなかった。足音ひとつ立てずに接近してきたのだ。

フェイスプレートの下で、彼は思わず微笑んだ。
胸の内に湧き上がった温もりは、そのまま声にも滲んでいた。
「また会えて嬉しいよ、ミステリアス・ストレンジャー」

彼女の身体は、新しいものへと生まれ変わっていた。艶やかな黒と金を基調とした、流線型の姿だ。左右のふくらはぎには大きな車輪がひとつずつあり、背中からも少なくとももうひとつ、車輪が覗いている。どうやら今度はATVか何かになったらしい。
かつての針のように鋭い身体の名残も、ところどころに残っていた。特に膝や肘のあたりには、それがよく表れている
ライオコンボイは、以前の彼女にあった余分な肢を、どこか懐かしく思っている自分に気づいた。

「ずいぶん上手になったじゃない。“変形して、超越する”ってやつ。さすがは、現状維持を守護する賢明にして高潔なるお方ね?」

ライオコンボイは薄暗がりの中、できる限り周囲を取り囲む者たちの姿を見定めた。
彼女の左隣にいたのは、白と金のボディを持つ女性型だった。肩からは大きな翼が二枚伸び、胸の中央には緑色のクリスタルが埋め込まれている。そして、その手には巨大なエネルギー兵器。
肩には、プレダコンのシンボルが刻まれていた。
彼女の右隣には、青を基調としたがっしりとした身体に、白と金のアクセントをあしらったマキシマルが立っている。
肩に備えられた車輪から察するに、何らかの地上走行車両に変形するのだろう。そして、両手に握った二挺のピストルを微動だにせず構えているその姿からは、明らかに実戦をくぐり抜けてきた兵士の風格が感じられた。
背後にいる三人については、よく見ることができなかった。
だが、その存在だけは、ひしひしと感じ取ることができた。
反射的に立ち上がりそうになる身体を抑え、ライオコンボイはあぐらを組んだまま動かなかった。

「皮肉はよしてくれ、ミステリアス・ストレンジャー。この数日だけで、私はこれまで何十年と生きてきた中で一度もしたことがないほど、現状をひっくり返すような真似をしてしまった」

そして続ける。

「それと、ライオコンボイと呼んでくれて構わない。だが、ひとつ気になる。この何もない広大な荒野で、どうやって私を見つけた?」

彼女は片眉を持ち上げた。
その顔は、彼がこれまで目にしてきた中でも、とりわけ表情豊かなものだった。バイザーもマウスプレートもなく、意外なほど繊細な顔立ちを隠すものは何ひとつない。
ただし、新しくなったその両眼だけは、どこか不気味だった。
黄金色の顔面に嵌め込まれた、黒曜石のように何も映さない虚無の瞳。

「オーケー。いろいろありすぎるから、順番にいきましょ、小さなライオンさん」

彼女はそう言って、周囲を漠然と手で示した。
「私が“こっち”へ戻ってきたとき――本当なら、地球に実体化するはずだったの」
ライオコンボイの表情は変わらなかった。

“地球”。

聞き慣れない言葉だった。
その言葉は、彼にとって何の特別な響きも持たなかった。

――気のせいだろうか。

彼女が、ほんのわずかに失望したように見えた。

「そこで、今度こそ本物の火力を持った仲間を集めようと思ったわけ。でもね、次元間航法が何かのエネルギー・マトリックスにロックされちゃって……気づいたら、またこの懐かしのサイバトロンに逆戻りってわけ」

彼女はそこでいったん話を止め、辺りを歩き回り始めた。どうやら続きを促してほしいらしい。そう察したライオコンボイが、口を挟む。
「だが、それではまだ――」

彼女は勢いよく振り返った。
「ちょっと、立ってくれない? そんな折り紙の花みたいに畳まれてたんじゃ、真面目に話す気になれないんだけど!」

ライオコンボイは左右へ視線をやった。
マクシマルとプレダコンが、相変わらず銃口をこちらへ向けている。
だが二人の表情には、何の変化もない。
ライオコンボイは言われたとおり、ゆっくりと立ち上がった。
両手は開いたまま、敵意がないことを示すよう慎重に動く。

「それでいいわ。さて、どこまで話したっけ? ああ、そうそう。エネルギー・マトリックスね。どうやら地球製と思われる代物で、それが私をここまで一直線に引っ張ってきたってわけ。
彼女は話を続けた。

「それで、あなたが『自分探しの旅』だか何だかを始める必要があると決めたあと、私はあなたが残していった、陰鬱で殺戮と凡庸さに満ちた聖堂から抜け出して、本気でこの世界を変えるだけのスパークを持った連中を探し始めたの。
プレダコンのスラム街――バルトフっていう場所を、何日かこそこそ嗅ぎ回る羽目になったけど――そこでようやく、廃棄物処理用のマグレールのあたりをうろついていたスキュウレに出会ったってわけ」

彼女は白と金のプレダコンへ顎を向けた。
スキュウレは、口元に小さな笑みを浮かべた。

「ァ~、あたしらはいつだって新しいオイルを歓迎するさ。だがブラックアラクニア、本当にこんな一級品の伊達男相手に、何もかも洗いざらい喋っちまっていいのかい?」

スキュウレはライオコンボイを値踏みするように見た。

「あたしの経験じゃ、金も地位もあるマクシマルってのは、そうそういい暮らしを捨てて、あたしらみたいなのとつるもうとはしないもんさ」

なるほど。彼女の名は、ブラックアラクニアというのか――ライオコンボイは心の中で呟いた。実に彼女らしい名前だ。
彼女は、自分に向けられている彼の視線に気づいたらしい。するりと身体を滑らせるように、彼のほうへ近づいてくる。

「このライオコンボイって男は、拠り所にする大義を探してるマクシマル――私の見立てが間違ってなければ、だけどね」

その指先が、再びライオコンボイの胸元を弄ぶように這う。
それだけで、ライオコンボイは彼女の一挙一動を過剰なほど意識してしまう。
「それにね――数メガサイクル前、私がサイバトロンへ渡ってきたときに感じたのと同じ、頭の中を引っ張られるような感覚を覚えたの」

彼女の指先が止まる。

「私はあんたに引き寄せられた。――これにね!」

最後の一言と同時に、ブラックアラクニアの指先が、修復したばかりのライオコンボイの胸部ウィンドシールドを鋭く掻き切った。

ガラスが砕け散る。

その奥で――

ライオコンボイのスパークがむき出しになり、目に見えるほど大きく脈打っている。

「――っ!」

ライオコンボイは衝撃に息を呑み、反射的に一歩後ずさった。
だが、その背中に硬い感触がいくつも押し当てられる。
複数の武器が、彼の背に突きつけられていた。
ブラックアラクニアは腕を組み、勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
ライオコンボイの胸から放たれる異様なほど強い光によって、彼女の姿も、その仲間たちの姿も、先ほどよりはっきりと見える。彼らの顔には、一様に驚愕の色が浮かんでいた。

「まさか、生きてるうちにこんなモンを拝むことになるとはねぇ……」
スキュウレが呟いた。

がっしりとした体格のマキシマルは、何が起きているのか頭を整理しようとするように、ゆっくりと首を振った。

「うお……マジかよ。兄弟、そのスパーク……それ、普通じゃねえぞ、マジで!」

ブラックアラクニアは両手の指を組み合わせ、その拳の上へ顎を乗せた。

「ええ、普通じゃないわ、ビーブーム」

そして、彼の胸の奥で脈打つ光へ目を向ける。

「あれこそ、私をサイバトロンへ引き寄せたエネルギー・マトリクス」

そして、ライオコンボイを見据える。

「そして、だからこそ――あなたが、この星全体を解放するための鍵なのよ」


■p16~17

コーテックスの頂上で、イジェクトは歩き回るだけのエネルゴンさえ残っていればよかったのに、と苛立たしげに思った。

第1924ゲームの開始まで、あと一メガサイクルを切っている。

それだというのに、ライオコンボイは依然として完全に消息を絶ったままだった。
MCSFとの間で騒ぎを起こしたという知らせが届くや、イジェクトは即座に、自らが長年築き上げてきた絶大な政治的影響力の一部を使い、公式記録のすべてから愛弟子の名前を抹消させていた。

ライオコンボイがあれほど常軌を逸した行動に出たのは、自分自身のせいだ――イジェクトはそう考えていた。
そして、自分がこれまで犯してきた不用意な行動の数々も、その原因だったのだろう。

この体制が腐っていて、不公平なのは分かっている。
そして時には、そんな体制を支える側に自分も加担しているという事実が、ひどく癇に障ることもあった。

だが――ほかに、どんな選択肢があるというのだ?

ライオコンボイはいずれ必ず姿を現す。そう信じていたイジェクトは、この一件を、ビルダー議会を構成する三流の過去の遺物どもから隠し通していた。

オプティマスプライム。
バンブルビー。
プロール。
そして、かつての自分の師であるブラスター。
そんな輝かしい者たちの時代は、とうに過ぎ去った。
メガトロン、スタースクリーム、ショックウェーブ、サウンドウェーブ――
邪悪であろうとも、確固たる未来像を持っていた者たちの時代も、もう終わった。

今という時代を牛耳っているのは、凡庸な連中だ。
ラットバットやクードン。
ライカーやトラーチョン。
クロスカットやシジル。
そんな連中ばかりだった。

もし議会が、ライオコンボイに政治的な“目覚め”の兆しがあると知れば、間違いなく彼を排除しにかかっただろう。
だが今になって、イジェクトは自分の信頼が間違っていたのではないかと思い始めていた。

まだ時間があるうちに、ガルヴァ・コンティンジェンシーを発動しておくべきだったのかもしれない。
普段の彼なら、〈ゲーム〉を目前にしたこの時間は、喜びでたまらないはずだった。
観衆の轟くような歓声が、彼を生かしてくれる。
戦いの興奮が、彼に活力を与えてくれる。
試合の最中だけは、本当に生きていると感じることができた。
遥か昔――今よりも、ずっと良い時代だったあの頃のように。

今回は、自分の望む結果へ〈ゲーム〉を導くための駒がいない。
それでもイジェクトの胸には、微かな興奮が芽生え始めていた。

ひょっとすると、〈カリング〉の生存者数が多少偏ったところで、サイバトロン社会が崩壊するわけでも、自分の地位が失われるわけでもないのかもしれない。

確かに、プレダコンには本来より多少の箔がつくだろう。
議会のオートボット連中も、比喩的な意味では少し冷や汗をかくことになる。
だが、〈秩序の守護者〉なら、また新しく育てればいい。

それに――〈ゲーム〉がどう転ぶのか、自分にも分からない。

その感覚を想像するだけで、イジェクトのピストンは久しく忘れていた高鳴りを取り戻し始めていた。

机の上で鳴った呼び出し音が、物思いに沈んでいたイジェクトを現実へと引き戻した。

ボタンを押すためだけにエネルギーを消費する気にもなれず、彼は無線信号を飛ばして通信装置を起動した。

動くことと効率を、こんなふうにいちいち天秤にかけなければならない。
その侘しい計算に、イジェクトはわずかに気が滅入った。
壁そのものを覆う巨大なスクリーンいっぱいに、ズームアウトの幅広く醜悪な顔が映し出された。

「例の放蕩息子ならぬ、放蕩マキシマルが到着しておりマス。あなたとの面会を希望しておりマスよ」

イジェクトはぼんやりと、ひとつのことに気づいた。

自分のほぼ二倍もの巨体を持つこのディセプティコンは、喋る時ですら唇を動かさない。
その声は、身体に直結されたスピーカーから、彼の意思によって直接合成されているのだ。

――自分よりもなお過酷な現実を生きている者もいる。

ほどなくして、画面にライオコンボイの姿が映し出された。
見れば、確かにドデカヘックス・アリーナから通信している。

その姿を目にした瞬間、イジェクトのスパークがひとつ、大きく脈打った。
安堵と――そして奇妙なことに、ほんのわずかな失望が入り混じった感情によって。

「管理官。私はここに、己の務めを果たすために戻ってきました。――ビルダー議会が、まだ私を必要としてくださるのであれば」

「危ない橋を渡ってるんだぞ、君は! いったい今まで、ピットのどこにいたんだ?」

道を外れていたマクシマルは、穏やかに、ゆっくりと首を横に振った。
イジェクトの気のせいではない。
間違いなく、彼は何かが変わっていた。
そのことが、イジェクトには妙に癇に障った。

「あなたのお言葉は、私の心の奥深くに響きました、尊敬すべき管理官。」

ライオコンボイは、一瞬言葉を詰まらせた。

「私は……少々性急な判断を下し、マクシマル司令部保安部隊のパトロールと交戦しました」

「ああ、そうだな。だがエース君、いちいち試合展開を説明してくれなくて結構だ。君の草野球じみた大立ち回りなら、こっちはリングサイドの特等席で見てたんだからな」

イジェクトは言葉を続けた。

「ビルダー議会には、こっちでうまく話をつけておいた。だがな、もっと早く私に連絡してほしかったよ。こんなふうに、こんな土壇場で俺を窮地に追い込むような真似は勘弁してくれ」

「私が君の味方だということくらい、分かってるだろ?」

その瞬間、ライオコンボイの目に、底知れない悲しみの色がよぎった。。
あまりにも一瞬のことだったため、イジェクトは、自分が勝手にそう見てしまっただけではないかと思ったほどだった。

「あなたが、そう信じておられることは承知しています」

「それはどういう――……いや、もういい。
聞け、もう時間がない。今回は通常の《ゲーム》だ。12対12。そして、これが終わり次第《カリング》を発表することになっている。今はマキシマル側が8体少ないんだ。だから、必ずマキシマル側を勝たせろ。それも大差でな。最低でも5対0だ。それ以外は、いつもの激励は言ったものとして省略しよう。姿を見せるな、云々かんぬん、いつものやつだ。
それから次に、またダウン寸前まで落ち込んだ時はな、社会の不正を見つけていきなり殴りかかる前に、まずはこの老コーチに相談しろ」

イジェクトは、いつもの調子で締めくくった。

「さあ――プレイする準備はできたか?」

ライオコンボイは頷いた。そのまま通信を切ろうとしたように見えたが、ふと何かを思い出したように動きを止める。

「これは《ゲーム》ではありません、管理官」

イジェクトの表情が止まった。

「少なくとも、これからアリーナへ入る24のスパークにとっては」

ライオコンボイは静かに続けた。

「その大半が、二度とここから出てくることはないと知りながら入っていくのですから。」

イジェクトが何か言い返すより先に、通信は切断された。

――痛いところを突いてくる。

イジェクトはそう思った。


■p17~20

ドデカヘックスは熱狂に沸いていた。
《ゲーム》の開始直前には、どのアリーナも決まってこうなる。

かつて栄華を誇った都市を覆う巨大なドームは、透明アルミニウム製で造られ、その骨格を、トリタニウム製のアーチと架構が格子状に補強している。
自然光が差し込むため、ここで行われる《ゲーム》には、他の多くのアリーナにはない、本物の昼夜の移ろいがあった。

内周部には、10万体を超えるビルダーを収容できる観客席が設けられていた。
観客席と、無秩序に崩れ果てた都市の廃墟との間を隔てるものは、何もない。
もちろん、ビルダーたちにとって自力で移動すること自体が極めて珍しくなった今、実際にエクソウォーカーを装着し、朽ちかけた身体を苦労してこの見世物へと運んできた者は、1000体にも満たなかった。

観客たちの間には、マイクロマスター巡回隊の隊員が十二名ほど紛れていた。
彼らにとっては、実においしい任務だった。

一段高く、奥まった位置に設けられた外周部は、マクシマルとプレダコン合わせて五十万人を収容できる。
北東側をマクシマルが、南西側をプレダコンが占めていた。
このアリーナを管理するビルダー、オーバーライドの見積もりでは、プレダコンは四万人以上。マクシマルは三万人近くが詰めかけている。
秩序維持のため、MCSFからは400体が配置されていた。
さらにおよそ50体のプレダコン秘密警察が、その正体を隠したまま、密かに群衆の中へ紛れ込んでいた。

かつてサイバトロンが銀河に強い影響力を持つ大国だった時代、ドデカヘックスは主要な輸送・物流拠点の一つだった。
その中でもひときわ目を引くのが、巨大なファラド宇宙港の残骸だろう。
その威容は、今なお周囲の景観を圧倒している。
施設の亡骸からは、8本の巨大な積載用尖塔が空へと突き出していた。
四本ずつ二列に並び、内側へ向かって湾曲するその姿は、まるで途方もなく巨大な獣の死骸から突き出した肋骨のようだった。

都市の廃墟を縫うように、幅広く流れの速い川が走り、大錆海へと流れ込んでいる。
その岸辺には崩れかけた工業用埠頭の残骸が散乱し、川底には少なくとも一隻、巨大な外洋船が朽ち果てたまま沈んでいた。
かつて、機転の利く一人の出場者が、圧倒的な数的不利から逃れようとその船を利用したことがあった。

その一件以来、オーバーライドはこの川にアロイゲーターとオキサイド・シャークを放った。
それ以降の《ゲーム》では、ほとんど毎回、マキシマルとプレダコン双方から少なくとも一体ずつ、水中活動に適した変形形態を持つ者が出場するようになった。
そして、水中を得意とする剣闘士の何体かは、そこで最期を迎えることになった。
本来この地に棲むはずのないオキサイド・シャークの群れが侵入者を察知すると、群れの一体を魚雷形態で撃ち出し、自分たちの深淵の領域へ侵入してきた者を焼き滅ぼすのだ。

それ以外の景色もまた、幾重にも過去が塗り重ねられた瓦礫の荒野だった。

時の流れと、果てしなく繰り返されてきた残酷な《ゲーム》によって摩耗し、崩れ続ける大都市の残骸。――ほかのすべてのアリーナと、何ひとつ変わらない。

群衆は熱狂していた。
生きていた。心の底から。
この暗い時代に、そんな感覚を与えてくれるものは《ゲーム》しかなかった。

ビルダーたちは、とうに忘れかけていた遺恨を晴らす機会をそこに見出していた。
プレダコンたちは、たとえ他者の戦いを通してであろうとも、その血への渇きを満たすことができた。
そしてマクシマルたちは、MCSFとビルダーの支配者たちが、自分たちの首を踏みつけているという現実を、ほんのひととき忘れることができた。

ナノクリックが一つ、また一つと刻まれ、開始時刻が近づくにつれて、観客たちの緊張と興奮はますます高まっていった。

開始の時刻まで、あとわずか数サイクル。

プレダコン側の観客席では殴り合いが始まり、乱闘へ発展するのを防ぐため、MCSFの隊員たちが四方から殺到した。

そしてついに――

今にも群衆がフィールドへ雪崩れ込みそうなほど興奮が頂点に達した、その時。
今や珍しい存在となった、完全な自力移動能力を持つビルダーが、ジェット形態でアリーナ中央へと飛来した。

そして空中で、人型形態へと変形する。
その瞬間、惑星中のホロスキャンとモニターが、一斉にその姿を映し出した。
白とピンクのボディを完璧に整えた、華やかで颯爽たる姿。
アリーナの壁面からは、千倍にも増幅された彼の声が轟き、建造物そのものを震わせた。

スーパーソニックの登場だった。

撮像機が、その顔を大写しにする。その表情は、歓喜に狂わんばかりだった。
彼はまるで観客へ歌いかけるように、声高らかに呼びかけた。

「レディース・アンド・ジェントルボット!
マクシマル! プレダコン! そしてビルダー!
皆さん、準備はできていますか――?
……《ゲーム》の時間です!」

当然のように、凄まじい歓声が彼に応えた。

スーパーソニックのカリスマに煽られ、マキシマルもプレダコンも一斉に立ち上がる。
移動補助装置に身を預けたビルダーたちは立ち上がることこそできなかったが、それでも負けじと声を張り上げ、準備はできていると叫んだ。

「おやおや、よく聞こえませんねぇ!」
スーパーソニックは観衆を煽る。

「皆さん――剣闘士たちの殺し合いを見る準備はできていますかァァァ!?」
最後の二語をたっぷりと味わうように、彼は母音を数ナノクリックにもわたって長々と引き伸ばした。

今度こそ、その返答は耳を聾するほどだった。
カメラが熱狂する観衆の上を次々と走り、その熱狂の光景をサイバトロン全土へと送り届けていく。

その興奮は、伝染していった。

世界中のマクシマルのバーで。

プレダコンのいかがわしい安酒場で。

そして、ビルダーたちのカジノで。

誰もが人目を気にすることさえ忘れ、歓声を上げて《ゲーム》を歓迎していた。

スーパーソニックは、なおも宙に浮かび続けていた。
莫大なエネルギーを浪費する行為ではあったが、今この瞬間、彼が世界中にもたらしている熱狂を思えば、それだけの価値は十分にあった。

「さあ――!第1924《ゲーム》――まもなく開幕です!」

スーパーソニックが両腕を広げる。

「それでは皆さん!出場者たちをご紹介しましょう!!」

リングに埋め込まれた巨大モニターの映像が、派手なマイクロマスターの顔のアップから切り替わり、そして今度は、出場者たちの姿が一人ずつ映し出し始めた。

「今回の《ゲーム》、マクシマルチームはまさに強豪揃い!
惑星中から選りすぐられた戦士たちだ! まず最初に紹介するのは――バイナリー!」

スクリーンが切り替わった。
画面に映し出されたのは、緑と青のボディに四本の腕を持つ、ひときわ風変わりな女性型だった。

「彼女はこれまで、惑星外での豊富な活動経験を持ち、そして今回、ウラヤ代表として選出されました!さあ皆さん、盛大な拍手を!」

スーパーソニックが声を張り上げる。
マクシマル側の観客席から、ひときわ大きな歓声が上がった。
対するプレダコン側からは、野次と罵声が容赦なく浴びせかけられた。

出場するマキシマルたちには、それぞれ短い自己紹介の機会が与えられた。
ソナーは、髪を模した金属製のコイルを目元から払いのけると、

「……どうでもいいけど」

と、素っ気なく一言。

マンタはまっすぐカメラを睨みつけ、低く唸ると、
「お前ら全員、スクラップになっちまえ」
と観客に吐き捨てた。

クリスタルウィドウは、観客へ投げキッスを送った。

エアハマーは胸を張り、“市民諸君”に向かって、自分に任せておけと宣言する。

スカイワープは、はにかんだ笑顔を浮かべながら観客へ手を振った。

キャットスキャンは穏やかに両手を組み、
「宇宙が望むままに――すべては、そう成るでしょう」
と静かに告げた。

ダイノトロンは、あり得ないほどギザギザに尖った歯の奥から、ただ唸り声を漏らした。

パンサーは威勢よく
「ウルトラ・ギア!」
と叫んだ。

タスマニアキッドは武器をコッキングすると、銃口をカメラへ向け、撃つ真似をしてみせた。

ライノは大きく笑みを浮かべ、低い声で
「どうやら、やるしかないみたいだな」
と言った。

そして最後に紹介されたのが、チームリーダーに指名されたオプティマス・マイナーだった。

この頃には、マクシマル側の拍手喝采と、プレダコン側から飛び交う野次は、もはや雷鳴のような轟音となっていた。
オプティマス・マイナーは観客を鼓舞しようと演説を始めたものの――その言葉のほとんどは、凄まじい歓声と罵声の中にかき消されてしまった。

スポットライトが再び彼へ戻ると、スーパーソニックはその喝采を全身で浴び、味わい尽くしているかのようだった。

「いやはや、実に見事なチームではありませんか!」

スーパーソニックは声を張り上げる。

「それでは続いて――プレダコン陣営のご紹介と参りましょう!」

今度は立場が逆転した。

マクシマルたちが12体の剣闘士へ罵声を浴びせかける一方、プレダコンたちは熱狂的な歓声を轟かせた。

一体、また一体と、出場者が紹介されていく。

インセクティコン。
メガリゲーター。
スカージ。
ナイトバイパー。
トランスキート。
オートスティンガー。
スカベンジャー。
クリーピー。
レプティクス。
テラゲーター。
クイーンレイジ。

そして最後に、彼らを率いるリーダー――ロット・ガット。

「ただいまご覧いただいた映像は、すべて本日あらかじめ撮影されたものです!
出場者たちは現在、アリーナ各所に設けられたそれぞれの開始地点へと移送済み!これより一体ずつ、この都市へと解き放たれます!」

スーパーソニックの声が、さらに高まる。

彼は大きく頭を反らし、天へ乞い願うかのように両腕を高く掲げる。

そして絶叫した。

「――開始ィィィッ!」

「今回のルールは至って単純!完全決着のエリミネーション・マッチ!ルールなし!制限なし!どちらか一方が全滅した時点で、《ゲーム》終了です!」

そしてたっぷりと間を取ると、彼は一語ずつ、刻みつけるように叫んだ。

「それでは――」

「始・め・ま・しょうかァ!?」

再び観衆は総立ちになった。
その咆哮は、宙に浮かぶスーパーソニックを吹き飛ばしかねないほど凄まじかった。
彼は大きく仰け反り、天へ乞い願うかのように両腕を高く掲げる。

そして叫んだ。

「――開始ィィィッ!」


■p20~21

ライオコンボイは、スーパーソニックが延々と喋り続ける様子を注意深く見守っていた。
割って入る、その瞬間を完璧に見計らいたかったのだ。

《ゲーム》は通常、何日にもわたって続く。
当然、時間が経つにつれて観客の関心も薄れていった。
一日のハイライトだけ見られれば十分、という者も少なくない。
だが開幕だけは、ほとんど誰もが中継にチャンネルを合わせる。

というのも、《ゲーム》の多くは最初から、マクシマルとプレダコンを少なくとも一体ずつ、ほとんど鉢合わせするような位置へ放り込むことで始まるからだ。

試合前の長々とした口上に興味のないボットでさえ、最初の一戦だけは見逃すまいとする。

ライオコンボイは、剥がれ落ちるように朽ちつつあるファラド宇宙港の巨大な“肋骨”の一本の頂上から、最初の出場者が《ゲーム》へ解き放たれるのを見つめていた。

プレダコンのテラゲーター。

武器を大量に装備した、がっしりとした体格のターコイズブルーのボットだった。

彼はアリーナ南東部から姿を現し、マクシマルとプレダコン双方の観客に、その姿を存分に晒した。
バッフル・フィールドによって観客席の声はある程度抑えられている為、特定の観客の声から、出場者が有利になるほどの情報を得ることはできない。
だが、出場者が――自分が今どこにいて、何をさせられているのかを忘れてしまわない程度には、観客の熱狂が聞こえるようになっていた。

ライオコンボイのオプティクスが鋭く絞られた。

もし自分の読みが正しければ――

……やはり、いた。

ソナーが、テラゲーターから石を投げれば届きそうなほど近い場所に放たれていた。

普段のライオコンボイなら、最初の戦いにはしばらく手を出さず、まずは成り行きを見守る。そうして、出場者たちがどんな戦い方をするのかを見極めるのだ。
12対12の《ゲーム》なら、最初の一戦が全体の趨勢を左右することなど、そう多くはなかった。
マクシマル側を大差で勝たせろという命令を受けている以上、要所で太陽光をプレダコンのオプティクスへ反射させたり、何らかの形でさりげなく気を逸らしたりすることはあっただろう。
だが――今回は、その筋書きに従うつもりはなかった。

ソナーは即座にヘリコプター形態へ変形すると、即座に空へ舞い上がった。

――新人らしいミスだ。

ライオコンボイはそう思った。

案の定、ソナーが周囲の状況を把握しきるよりも早く、テラゲーターがその姿を捉えた。
肩部に搭載されたランチャーから、無数のミサイルが一斉に放たれる。
ソナーは回避を余儀なくされた。右へ、左へ。急旋回と蛇行を繰り返し、その動きは次第に必死さを増していく。
だが、それでも逃げ切ることはできそうになかった。
観客の目を釘付けにするという意味では、これ以上ないほど完璧な展開だった。

スーパーソニックの口からは、相変わらず中身のないお喋りが垂れ流されていた。
戦いの只中にいると言ってもいいほど近くにいながら――当然のことだが、出場者が彼自身に手を出すことは”厳禁”である。

ライオコンボイは険しい眼差しで、その前提を覆そうとしていた。
彼はサブスペースから、新たな武器を呼び出す。
ブラックアラクニアお抱えの技術者、ブレイクが設計したアンゴルモア・ブラスターだ。

ライオコンボイは意を決し、慎重にスタッフから手を離した。
理論上、その瞬間から監視モニターにも彼の姿が映るようになったはずだった。
もっとも、今は当然ながら、すべての注目が眼下で繰り広げられている戦闘へと向けられている。

そしてビルダーへ狙いを定め――撃った。

自信満々だったスーパーソニックは、まさに喋っている最中に直撃を受けた。
軽薄な笑みを浮かべていた口元から、その笑みが消える。
代わりに浮かんだのは、何が起きたのか理解できないという、あっけに取られた表情だった。そしてその間にも、彼のオプティクスから光が消えていった。

カメラのオペレーターたちが、何が起きたのか理解するまでには数ナノクリックを要した。
だが、彼らが事態を把握した瞬間――サイバトロン中のすべてのオプティクスが、名も知れぬ一体のマクシマルによるビルダー暗殺を目撃していた。

「――今だ」

ライオコンボイは、通信機へ小さく呟いた。


■p21~22

「――今だ」

ライオコンボイの囁きが、ブラックアラクニアの耳元に響いた。
彼女はニヤリと笑った。
――まったく、分かりやすい男。

「他にいつやるっていうのよ?」

彼女とレジスタンスの戦士たちは、ここまで施設内を密かに進んできていた。
避けられる巡回部隊はやり過ごし、どうしても避けられない者だけを排除しながら。
今、彼らは放送センターのすぐ外で突入の機会を窺っていた。

中では、このアリーナを管理するビルダー――オーバーライドが中継を取り仕切っている。
MCSFも、間違いなくいるだろう。

だが、彼女の部隊も準備はできていた。
ブラックアラクニアは扉を指差し、無言で頷いた。

ビーブームが、握った拳を開いた掌へ叩きつけた。
「了解だ、兄弟!」

すでに扉の制御パネルを取り外していたブレイクが、一本の配線を交差させる。
すると、重厚な扉が絞りを開くように展開していく。
「#侵入成功 #さあやろうぜ」

ビーブームは一瞬たりとも無駄にしなかった。
両手の銃を撃ちまくりながら、入口へ飛び込んでいくと、二体のマキシマル警備兵が、瞬く間に撃ち倒された。続いてスキュウレが中へ突入する。素早く左へ走り、遮蔽物へ身を隠した。
残った二体の警備ボットが、すぐさま応射した。
だがビーブームはまるで怯まない。身を屈めようとすらしなかった。

「おお? そういうノリかよ!だったら来いよ!
かかってこい! かかってこいよ、ブラザーども!」

ブラックアラクニアはブレイクに、その場で待機するよう手で合図した。
すると彼は、間髪入れずに返す。

「#二度言わなくていいって #俺は戦士じゃなくて愛に生きる男 #あんたがボス」

その妙な返事を最後まで言い終えるより早く、ブラックアラクニア自身も部屋へ飛び込んだ。
狙いはただ一つ。
アリーナのシステムへ直接接続されているビルダー、オーバーライドだ。

突然の、しかも苛烈な襲撃に、古代のオートボットは一瞬、完全に動きを止めていた。
メインモニターは、いまだアリーナの床に横たわるスーパーソニックの残骸を映したまま。
サブカメラでは、今となってはすっかり重要性を失いつつあるソナーとテラゲーターの戦いが追われていた。

――上出来。

ブラックアラクニアは、ほとんど外科手術のような正確さでケーブルを次々と切断し始めた。
放送に対する制御権を、オーバーライドから完全に奪うためだ。

その時、オーバーライドが我に返った。
青いオプティクスが鋭く細められる。
ブラックアラクニアには、その古びた頭脳から発せられた命令信号が、アリーナの巨大構造へと彼女を繋ぐ、もつれたケーブルの束を駆け抜けていくのが見えるような気さえした。

次の瞬間――壁や天井から、自動銃座が次々と展開し始めた。
早く終わらせなければ、ここは殺戮の場になる。
丁寧にやっている暇はない。
ブラックアラクニアの両手に、二挺のエネルギーピストルが現れた。

そのうち一挺の銃口を、オーバーライドの左眼窩へ直接ねじ込む。

「止めな、ノッポ」

オーバーライドは、剥き出しの憎悪を込めて彼女を睨みつけたが、命令には従った。

ブラックアラクニアは、増援が到着するまでのナノクリックを頭の中で数え始めながら、オーバーライドとアリーナを繋ぐさまざまな配線を切断していった。

時間はない。

廊下の防衛には、レトラックスとロングホーンを残してきたが、二人だけでいつまでも持ちこたえられるはずもなかった。

素早く室内を見回すと、ビーブームとスキュウレが残りのMCSF警備兵をすでに制圧していることが確認できた。
まだ彼らのスパークが脈打っているのかどうかは分からない。しかし今は、そんなことを気にしている場合でもなかった。

「ブレイク、その尻をさっさとこっちへ運びなさい。カメラの操作なら、五サイクル前には始めててほしかったくらいよ」

オーバーライドは戸惑ったように顎を動かした。

どうやら彼女は、喋ることすら外部装置に頼っているタイプのビルダーらしい。

「なぜ……なぜ、こんなことを……するのです、マキシマル?」
途切れ途切れに、言葉を絞り出す。
「私は……オートボット……あなたたちの祖先なのですよ」

ブラックアラクニアは首を横に振った。
その声には、皮肉がたっぷりと滲んでいた。
「悪いわね、おばあちゃん。このメッセージは重要すぎるのよ。どこかのビルダーに妨害される危険なんて冒せないの」

オーバーライドの頭が、ごくわずかに左右へ揺れた。

「《ゲーム》は……《ゲーム》だけが……私たちの社会を……安定させているのです……」

その時、ブレイクが親指を立てた。

「#完全掌握」

ブラックアラクニアは最後にもう一度、老いたオートボットへ視線をやった。

「そうね。でも、“安定”ってのも、世間で言われるほど大したもんじゃないわ」

そしてブレイクへ向き直る。

「ブレイク。ライオコンボイをアップで抜いて」

ブラックアラクニアは通信回線を再び開いた。

「あとは全部あんた次第よ、ビッグガイ。」


■p22~24

――これが、その時だ。

レジスタンスが掌握した中継映像に、自分の姿が映し出されるのを見ながら、ライオコンボイは思った。
巨大な湾曲した支柱の上に立つ、一人のマクシマル。その手に握られたブラスターからは、まだ煙が立ち昇っている。観客たちは、いまだ衝撃に息を呑んだままだった。
ライオコンボイは一度、息を呑む。

そして――言葉を紡ぎ始めた。

「サイバトロンに生きるすべての者たちよ」

「私は今、ある重大な不正について語るため、皆の前に立っている。
マキシマルとプレダコンの憎しみなど――茶番にすぎない!」

ひしめく群衆は、すでに彼の姿に気づいていた。
すでに、飛行形態を持つMCSFの隊員たちが、次々とフィールドへ飛び出してくるのが見える。
だが、これは想定済みだった。ライオコンボイは足元に置いたスタッフを軽く蹴り、麻痺フィールドを起動する。範囲は、スタッフが維持できる限界まで最大に設定してあった。
その瞬間――観客席を埋め尽くしていたマクシマルとプレダコンが、一斉に動きを止めた。
空を飛んでいたMCSF隊員たちも制御を失い、次々と地面へ墜落していく。
ライオコンボイは演説を続けた。

「ビルダーたちは、かつて偉大な贈り物を授かった」

「新たな世代のサイバトロニアンを生み出す力だ」

「それは本来、新たな平和の時代をもたらすはずのものだった」

「だが、その贈り物は歪められ、捻じ曲げられ――
今、皆の目の前にある、この哀れな茶番へと変えられてしまった!」

ライオコンボイは、眼下を指し示した。
そこではソナーとテラゲーターが、互いの首に手をかけたまま麻痺している。

ライオコンボイは中継映像を確認した。

カメラは、きちんとこちらの意図に応えて反応し、追従している。
それは、良い知らせであると同時に――悪い知らせでもあった。

味方がまだ自由に動けているということは、アリーナの奥深く、麻痺フィールドの影響を免れた場所にいるMCSFやプレダコン秘密警察もまた、動けるということだ。

そして今この瞬間にも、彼らは仲間たちを脅かしているかもしれない。

一ナノクリックたりとも、無駄にはできなかった。

「私たちは、本来なら自らの手で、自らの道を歩んでいくことを許されるはずだった」

「だが現実には、ビルダーたちに支配され、とうに捨て去るべき古い憎悪を刷り込まれ――そして、仕組まれた《ゲーム》の中で、自らの命を懸けて戦うことを強いられてきた!」

その時、わずかに残っていた自力移動可能なビルダー巡回隊の一体が放った砲撃が、ライオコンボイの立つ目も眩むほど高い尖塔へと着弾した。
足場が大きく揺れ、彼は危うくバランスを崩しかける。
見れば、二体のビルダーが、錆びついてはいるものの今なお飛行可能な戦闘機形態にモードロックされていた。
おそらく、まだ自由に変形できた時代には、彼ら自身が好んで選んでいた形態なのだろう。
その二機が今、ライオコンボイへ機銃掃射を仕掛けるため、攻撃態勢に入っていた。

「そうだ――仕組まれていたのだ!」

ライオコンボイは声を張り上げた。

「なぜ私にそれが分かるのか?」

「なぜなら私は、何十年ものあいだ、ほとんどすべての〈ゲーム〉を陰から見張り、その勝敗を密かに操作してきたからだ!」

「ひとつひとつの試合を!」

「そして、連なる《ゲーム》全体の流れを!」

「常に、どちらへ転ぶとも知れぬ、紙一重の均衡に保つために!」

その直後だった。青いビルダー・ジェットが、黄褐色と緑の僚機を従え、殺到する金属弾を浴びせかけてくる。ライオコンボイは尖塔から跳ぶしかなかった。突き出した構造物へ手を掛け、そのまま身を翻す。そして金属の密林の床へ、鮮やかに着地した。
先頭を飛ぶジェットが、彼を嘲るように声を飛ばす。
アリーナ全域に張り巡らされたセンサーが、そのやり取りまでも漏らさず拾い上げ、レジスタンスの仲間たちが中継へ乗せていた。

この先どう転ぼうとも――見世物としては、これ以上ない展開だった。

今やサイバトロン中のあらゆるオプティクスが、この中継に釘付けになっているに違いない。
「聞いたか、サンランナー? こいつ、自分がずっと《ゲーム》を八百長してきたって言ってるぜ! もし本当だって信じるなら、エネルゴン配給を何百回分か払ってもらいてえところだな!」

サンランナーは急降下に入りながら、くつくつと笑った。

「うまいこと言うじゃないか、テイルウィンド。
こんなの、レジスタンスのくだらねえプロパガンダだろ」

そして爆弾を投下した。
ライオコンボイは慌ててその場から飛び退き、辛うじて爆発をかわした。
やがてカメラが再び彼の姿を捉えた時――その身体は傷つき、装甲も乱れていたが、致命傷はない。
ライオコンボイはあえて、毅然と立ち上がってみせた。

「くだらない話などではない。私は、《ゲーム》が始まるほんの数サイクル前に行われた、この会話を記録していた」

彼がホロスキャンを起動する。
そこに映し出されたのは、管理官の姿だった。

そして次の瞬間――管理官自身の言葉が、
彼自身を断罪し始めた。

イジェクトの、見慣れた老いた顔が映し出される。

惑星中のあらゆるモニターに。

あらゆるオイル・ジョイントに。

あらゆるオフィスに。

そして、あらゆる住居に。

サイバトロン中が、彼の言葉を聞いた。

『今回は通常の《ゲーム》だ。12対12。そして、これが終わり次第《カリング》を発表することになっている。今はマクシマル側が8体少ないんだ。だから、必ずマクシマル側を勝たせろ。それも大差でな。最低でも5対0だ。それ以外は、いつもの激励は言ったものとして省略しよう。姿を見せるな、云々かんぬん、いつものやつだ。』

ライオコンボイは悟っていた。
もう、麻痺させておく時間は終わりだ。
彼は意志を集中させ、スタッフをその手へ呼び戻すと、麻痺フィールドを解除し、次の瞬間、スタッフそのものも再び虚空へと消し去った。
スタジアムを埋め尽くす群衆が立ち上がり、状況を把握するまでには数ナノクリックを要した。彼らは、すべてを聞いていた。ただ、反応することができなかっただけだ。

ライオコンボイは悟った。
――もう、自分に残された時間は1サイクルもないだろう。

彼は胸部装甲を開いた。
その内側にあるのは、スパークと絡み合うように存在するエネルゴン・マトリクス。
その妖しくも不気味な輝きが、荒れ果てた周囲の景色を淡く染め上げた。

「私には、自分の言っていることが真実だと分かっている。
なぜなら――この私自身が、生きた証拠だからだ。」

「ビルダーたちは、自分たちの歪んだ遺産――憎悪と敵意を受け継がせるのに十分な数のマクシマルとプレダコンが生まれたと判断した時、この新たな生命を生み出す源を、どこかへ隠す必要があった。そして彼らは――それを、私の中に隠した。」

ライオコンボイは、露わになった胸の輝きを示した。

「私には特権と豊かさに恵まれた人生を与え、私を《秩序の守護者》に仕立て上げた。
だが私は――この忌まわしい遺産を拒絶する!」

声が、アリーナに響き渡る。

「マクシマルとプレダコンは――敵ではない。敵であってはならない。敵である必要など、決してない!」

「ならば立ち上がれ!
憎しみを捨てることすらできず、過去にしがみつき続ける亡霊――
ビルダーたちに抗って立ち上がるのだ!

そうして初めて――」

その瞬間。
再び空から砲撃が降り注いだ。
爆撃をまともに受け、ライオコンボイの身体が地面から吹き飛ばされる。
彼は激しく地面へ叩きつけられ、そのまま苦痛に身を伏せた。
カメラが、倒れたライオコンボイの顔を大写しにする。

それでも彼は、痛みに耐えながら、最後の言葉を絞り出した。

「《アップライジング》が成し遂げられた、その時にこそ――

我々は、真に自由となる。」

そしてスタッフを呼び出す。

次の瞬間――

ライオコンボイの姿は、消えた。


■p24

あの運命的な放送の後に続いた日々は、まさに混迷を極める争乱となった。

マクシマルとプレダコンのほぼ3分の1は、惑星中のあらゆる通りを埋め尽くす混乱に一切関わることを拒み、身を潜めた。
この混乱を利用して、昔の恨みに決着をつける者もいた。
あるいは、都市の一つを乗っ取り、ちっぽけな暴君として君臨しようとする者もいた。
プレダコンのおよそ1割、そしてマクシマルのほぼ4分の1は、ビルダーへの忠誠を宣言した。

そして、残る者たちは――《グランド・アップライジング》を開始した。

すなわち、

第四次サイバトロン戦争。

都市は次々と襲撃され、要塞には反乱軍が殺到した。
貧しいマクシマルやプレダコンたちの粗末な居住区、その建造物そのものに寄生するように組み込まれていた悪意あるビルダーたちは、力ずくで引き剥がされていった。
監獄や地下牢が包囲され、解放されるにつれ、そこに囚われていた自由の戦士や革命家たちは、再び日の光を見ることになった。

だが同時に――殺人者や盗賊までもが解き放たれ、再び社会へと戻っていった。
恐怖が、惑星全体を覆っていた。

それでもマクシマルとプレダコンたちの間には、
まだ形すら定まらない、かすかな希望もまた芽吹き始めていた。

そして、この幾度となく悲劇に見舞われてきた世界で――

再び、内戦が始まった。


■p25

エピローグ

ビルダーの本拠地、アイアコンの遥か地下深く。

ビルダー議会は、目の前に持ち込まれた忌まわしい案件について審議を続けていた。

《ゲーム》の管理官――イジェクトは、その前に跪いている。

両手首と両足首には、光を放つエネルゴン製の鎖が食い込み、彼の身体を拘束していた。
評議員オクタスが口火を切った。
その顔には、凄まじい怒りが刻み込まれている。

「貴様が奴を庇った!貴様が奴を見守ってきた!
この惑星を引き裂こうとしている、この惨状を招いた責任は――貴様にある!」

「すでに我々は三つの都市を失った!残る領土さえ、かろうじて維持しているにすぎん!
マクシマルとプレダコンの数は、我々のマイクロマスター巡回部隊に対して100対1だ!」

「それだけではない。
奴を――『最高司令官』と呼ぼうという通信まで傍受しているのだぞ!?」

「まあまあ、評議員」

ラットバットがたしなめた。
その声音には、白々しいほどの気遣いが滴っていた。

「イジェクトが、自らに下された判決を、この尊き評議会にまで上訴したのには、きっと何か理由があるのでしょう」

そこで彼のオプティクスが妖しく輝いた。

「なにしろ――単にスパークを摘出されるより、もっと酷い運命はいくらでもありますからね」

ラットバットはイジェクトへ向き直った。
かつてカセットだった者から、同じくかつてカセットだった者へ。
そしてラットバットは、評議会の中で完全な自力移動能力を保っている、わずか二名のうちの一人でもあった。

「では、イジェクト。
君が我々の時間を無駄にしているわけではないと――私を納得させてみたまえ。」

イジェクトは不安を振り払うように何度か瞬きをした。
オプティクスが明滅する。
そして、ようやく再び声を取り戻した。

「分かったよ。ああ、認める。ライオコンボイの件じゃ、私はしくじった。だが、あなたたちは一つ忘れてることがある」

ラットバットが身を乗り出した。
非難に満ちた表情の奥から、隠しきれない好奇心が覗いている。

「ほう?それは、いったい何です?」

――本当に、これを言うのか?
この凝り固まった評議会に、こんな武器を与えてしまっていいのか?

かつての自分なら、罰を受け入れ、あとは成り行きに任せるだけの強さがあったのかもしれない。
だが――そんな時代はとうの昔に過ぎ去っていた。

「私たちに与えられた、あのマトリクス……。あれはライオコンボイと融合してる。
CNAの奥深くにまでな。それで――私はそのサンプルを持ってる。
誰にも見つからない場所に隠してあるんだ。
私なりの、最後の最後に賭けるための切り札としてな」

「だから、あいつをもう一体造ればいい。
そうすれば、新しいエネルゴン・マトリクスが手に入る。
それを使えば――まったく新しい軍隊を、一から作ることだってできる。」

議員たちの間に、ざわめきが広がった。
やがて意見がまとまったのか、彼らはラットバットへ向かって頷く。
ラットバットはイジェクトへ視線を戻した。

「よろしい、イジェクト。

どうやら――次の一手は、君に委ねられたようだ。」

訳注

専門用語や補足がある場合記載します。


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